第26章 鬼を狩るもの✔
カシャンと何かが零れ落ちる。
その度に、脳内の映像が切り替わるように記憶が流れ込んだ。
見捨てられた者。
痛めつけられた者。
事故とされた者。
存在を消された者。
要因は様々だったが、一様に皆理不尽な他者の力によって押し潰されていた。
手を下したその全てが親であり、潰された者全てが子供だ。
「──」
次々と感情を逆撫でし、荒していく記憶の波を、杏寿郎は静かに受けては流し続けていた。
宙を漂うような暗闇の中で一人。
冷たさも温かさも感じないのに、波に揺れるように羽織や髪先が緩やかに漂う。
「…そうか…」
開いた唇の端から、こぽりと気泡が浮く。
息はできた。苦しくない。
声も出せる。不都合はない。
ゆっくりと瞼を開いて空を仰げば、何も見えない真っ暗な闇が続いているだけだ。
「君達は、皆でひとつだったのか」
それでも杏寿郎には、見えない何かが見えていた。
一つ一つ、拾い上げた感情に思いを巡らすように呟く。
「親が子を搾取するなど…何より恐ろしかったに違いない」
子供にとって親は世界そのものだ。
それが悪意に染まれば、歩む先は地獄と化す。
「鬼に成り変わる前から、地獄を歩んできたのだな…」
感情の見えない表情を浮かべていた杏寿郎に、初めて影が差した。
(蛍に似ている)
彼女もまた、人としての尊厳を踏み付けられた末に鬼に成ったのだ。
──コポリ…
静かな海底に漂うような、気泡の転がる音。
それは杏寿郎の口から零れたものではなかった。
じっと暗い闇の先を見つめる杏寿郎の目に、ゆらりと揺らめく鰭が見える。
──コポ…コポリ
音もなくゆっくりと、暗闇から浮かぶように現れたのは巨大な土佐錦魚。
見事な鰭を揺らしてこちらへと泳いでくる様は、生き物の気配を感じさせない影沼の主(ぬし)のようだ。
「君が見せてくれたのか」
頭など丸呑みできそうな程の巨大な血鬼術の塊を前にしても、杏寿郎は動揺を見せなかった。
あるべきものを受け入れるように、静かに語りかける。