第26章 鬼を狩るもの✔
どれ程そうしていただろうか。
不意にごとりと桶が揺れる。
かさついた唇では何も主張できず、栄養の足りない手足は無理に詰め込まれた桶の形に変わってしまった。
動けない。
それでもようやく日の目を浴びれる、空気を吸えるのだと、締め切った蓋を弱々しく仰いだ。
ごとりと、再び音がして揺れが止まる。
『こんな所に置いていっちまっていいのか』
『いいんだよ。塵は塵だ、捨て場は同じだろう。ようやく厄介払いができる』
汚物で埋もれた耳に届く、人の声。
一つは、世界の主の声だ。
あんなにも耳に痛く響いていた声は、今はぼそぼそと辛うじて聞き取れる程にしか聞こえない。
『これでも持って精々成仏しな』
僅かに空いた蓋の隙間から、何かがねじ込まれる。
カシャン、と儚い音が零れ落ちた。
「まって」
「いかないで」
「ここからだして」
自分は死んでいないと告げたくても、そんな力はもう残されていなかった。
痩せこけた木の枝のような指でかりかりと桶を引っ掻いても、女の耳には届かない。
さくりさくりと、柔らかな足音が遠ざかる。
冷えた桶底に体の芯が痺れ、そういえば白い季節だったことを思い出した。
名前は知らない。
ただ、この季節には視界が白く染まるのだ。
そんな白い世界を通して見る宝石の欠片達は、いつも以上に綺麗で夢中になって遊んだことを覚えている。
──カシャン、
きらきらと輝く宝石の欠片達。
他には何も余計なものはない。
痛みも何も、伴わない世界。
──カシャン、
いつかそこへ行ってみたいと、儚い夢を抱いては回した。
──カシャン、
何度も。
何度も。
──カシャン、
命の残量が、尽き果てるまで。