第26章 鬼を狩るもの✔
「蛍ちゃん…!?」
「なんだァありゃあ…!」
童磨と実弥の衝突も止まる程に、激しい地響きが辺りを覆う。
砂もないのに土煙のようなものが舞い上がり、辺り一面を灰色に覆い尽くした。
触手の群の中は激しい嵐のようだった。
無数の手が杏寿郎の服を、手足を、胴を、髪を、力任せに鷲掴む。
そうして引き離そうとしているのは、腕の中にいる柚霧からだ。
「ぐ…ッ」
「杏寿郎さん…!」
一つ一つは子供のような手の形をしているが、数えきれない程の塊となれば巨大な力となる。
顔を歪める杏寿郎に対し、柚霧の顔は痛みを伴ってはいない。
それは全てテンジの意思によるものか。
「やめて…ッ」
鬼の形をしていながら、鬼の力を纏っていない柚霧の手が杏寿郎の背に縋る。
じわじわと柚霧の足元から伸びた黒い"何か"が、彼女の体を這い上がっていく。
少しずつ、少しずつ。
触れる杏寿郎の下半身も覆うように染め上げていく。
(あれは…影鬼か…っ?)
大量の触手の圧に、呼吸さえままならない。
このままでは窒息死の危険もある中、杏寿郎は己の腰までを覆う黒い影を見た。
「やめて…!!」
悲痛にも似た、柚霧の叫びと同時に。
──ドプンッ
刹那、杏寿郎の体は見えない水底へと沈んだ。
「柚霧…ッ!?」
先程まで抱いていたはずの、柔らかな体が消えている。
藻掻いても手は空を切るばかりで何も掴めない。
開いた口から、ごぽりと気泡が浮いていくのが見えた。