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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第26章 鬼を狩るもの✔



 知りたい。彼のことが。
 何故鬼を狩る者でありながら、蛍という鬼の名をそうも大切そうに呼ぶのか。


「ぁ…ぁの…」


 だが、訊こうにも名前を知らない。
 似たような刀を持つ鋭い目をした男が、呼んでいたように思う。
 それは、どんな名だっただろうか。


「血は止まったようだな…よし。安全な所まで運びたいが、時間がない。せめて此処から動かないでいてくれ」

「…ぁ」


 手早く告げた杏寿郎の顔が、上を向く。
 二度目の瞳は、上から見下ろされるようなものではなく、同じ高さで重なった。
 燃えるような瞳孔に金の縁が光る、目が冴えるような瞳だ。
 そんなにも特徴的であるのに、見知った気はしない。

 それでも、その瞳を見ていたかった。
 逸らしたくないと思った。


「…話したいことは、山のようにある」


 じっと見返す蛍の表情は朧気なものだ。
 自分が何者かも忘れている蛍の姿に、杏寿郎の眉尻がほんの少しだけ下がる。


「だが今は、君に触れられる。それだけでいい」


 自分を見ていながら、見てくれてはいない。
 そこにツキリと小さな痛みが胸に宿る。

 それでも、ようやく見つけ出した。
 ようやく触れられたのだ。


(今は、それだけでいい)


 血に濡れた指先で触れぬようにと、手の甲で優しく髪を梳くように撫でる。
 触れたのはほんの僅かな一房だけ。
 切なげに微笑んでいた顔を引き締めると、杏寿郎は腰を上げた。

 激しい得物と得物の衝突音は途切れていない。
 実弥が足止めしてくれているであろう、童磨との一戦へ向かわなければ。

 背を向ける杏寿郎に、思わず蛍の手が伸びる。


「ほたる…っ」

「…テン、ジ…?」


 それを止めるように、伸ばす蛍の腕にテンジが抱き付いた。


「いた、い。いたい。ない、する…うで、いたい…っ」

「ぅ…ううん、大丈夫。腕は痛くないよ」


 今にも泣き出しそうな顔で繰り返す様から、怪我を心配してくれているのは理解できる。
 落ち着かせようと頸を横に振って、蛍ははたと頭を横に傾けた。


(…あれ…? そう、だ。痛くない)


 ぽとん、と。胸の内側に何かが落ちてくるように。
 意味もなく、納得できたのだ。

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