第26章 鬼を狩るもの✔
(扇が──…いや、まだ一つある)
実弥が断ち切ったのは、蛍を抱いていた腕だ。
まだ杏寿郎の技を防いでいた扇があると、虹色の瞳がぐりんと回り、実弥を捉える。
しかし其処にいたのは、炎を纏う剣士だった。
「──!」
「伍ノ型、」
懐に入り込み、低く腰を落とした杏寿郎が目前で刃を振るう。
先程の斬撃とは比較にならない密度の高い熱気に、反射的に童磨はその場を飛び退いた。
「〝炎虎〟」
それはまさしく炎の獣だった。
牙を剥いた巨大な灼熱の虎は、飛び退く童磨を一蹴りで捕えた。
ザンッ!
飛び散る赤。
童磨の頬に、ぴしゃりと生暖かい血飛沫がかかる。
「……ぁ…」
呆気に取られたような、か細い悲鳴だった。
ぼとりと地に落ちる腕。
唖然と己の斬り捨てられた腕を見下ろしているのは──童磨ではない。
「蛍ちゃ、ん」
蛍だ。
炎虎は避ける童磨を尚狙うことなく、その体にしがみ付くことしかできずにいた蛍を襲った。
肩から下の腕を食い千切られ、ぼたぼたと大量の血が滴る。
片足だけの体が、ふらりと傾いた。
「ほ…っ」
──ガキンッ!
「ッ!」
「余所見すんなつったよなァ!!」
蛍を支えていた童磨の腕は遥か後方。
童磨にしがみ付いていた蛍の腕も失った。
互いの間にできた僅かな隙間を、実弥は見逃さなかった。
風を纏った突風のような斬撃が、童磨を扇ごと押し出す。
それと同時に、支えを失った蛍の体が倒れ込んだ。
とさりと。
軽い音を立てて、受け止めたのは強い腕。
唖然と見開いたままの蛍の視界に、男の顔が映り込む。
燃えるような焔色の逆立つ髪。
何をも見通すような金輪の双眸。
曲げぬ意志を持つ凛々しい眉。
初めて近くで見た主張の強い男の顔は、酷く歪んでいた。
「ッ許せ蛍…!」
その手で斬ったというのに。
まるで自分が、斬られたかのような顔で。