第26章 鬼を狩るもの✔
「ようやく気付けたかな? 自分のしてしまったことに」
深く眉間に皺を刻み、食い縛る口からは何も聞こえない。
見開いた双眸は童磨を貫くことなく、地に伏せた。
そんな杏寿郎の様を前にして、童磨の口元に緩やかな笑みが戻る。
「ああ、違うな…君は"何もしなかった"。それが正しい」
俯く杏寿郎の手は、日輪刀を握ってはいるが振るいはしない。
童磨が扇を一振りすれば、なんなく氷漬けにされてしまう。
その状況に、実弥は氷の蔓を全て斬り捨てると、喝を入れる為に怒鳴り付けた。
「煉ご」
「ああそうだ」
否。
声が荒立つ前に、空気を断ち切ったのは杏寿郎自身だ。
「お前の言う通りだ。俺が幾度となくその手を握り損ねた所為で、蛍は己すら見失って鬼の手に堕ちた」
日輪刀を握り締める手が、みしりと軋む。
「不甲斐ないどころではない。柱の名を掲げておきながら、最も大切なものを守り切れないとは」
食い縛る唇は血を滲ませ、それすらも不快とばかりに吐き捨てる。
「俺も俺自身が許せない」
「そっかあ。なら蛍ちゃんは俺にくれても」
「だが」
みしみしと日輪刀の柄が戦慄く。
握り締める力が震えているのは、自責の念ではない。
「己を悔やむのも、叱咤するのも、そんなもの後で幾らでもできる。俺自身の為に、今この時間をくれてやる気はない」
絶え間ない怒りからだ。
「責められるべきは俺だ。阿鼻地獄でも何処にでも落ちてやろう」
ゆらりと上がる顔に、失意は微塵も感じられない。
その手に握る炎刀のような、鋭い刃物の炎が瞳の奥で燃え盛る。
「だが貴様も地獄に連れていく。金輪際、蛍に触れさせはしない」
その双眸に射抜かれただけで肌を焦がすようだ。
先程よりも膨れ上がった杏寿郎の殺気を前にして、童磨は眉尻を下げた。
「…参ったなあ…("そっち"に後悔する方の手合いか。面倒だ)」
精神的な責めは、杏寿郎の心を蝕んでもその足を止めさせはしなかった。
寧ろ今にもこちらに攻め入る気配に、誘導は失敗だと童磨は肩を落とした。
数百年を生きる童磨にすれば杏寿郎は赤子のようなものだったが、その精神には目を見張るものがある。
(伊達に"柱"を名乗ってはいないということか)