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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第26章 鬼を狩るもの✔



 ただの鬼の戯言だ。
 どんなに罵詈雑言を叩き付けられても、言葉巧みに言いくるめられようとも、鬼に耳を貸したことはない。
 童磨の言葉もまた、どんなに浴びせられても杏寿郎の芯が揺らぐことはなかった。

 なのに沈黙してしまった。
 返す言葉がなかった。

 いつも肝心なところで、蛍に手を差し伸べていたのは義勇や実弥だと、杏寿郎自身が悟っていたからだ。

 人にはそれぞれ人生に置いて役目がある。
 だからこそ義勇達の存在を認め、そこを否定するような思いはなかった。

 それでも沈黙してしまったのは、心の片隅に僅かながら感じていたからだ。

 自分では駄目だったのかと。
 鬼に成り果てた蛍を拾うのも、暴走した影鬼に吞まれた蛍を掬うのも、何故自分では駄目だったのか。
 彼女が助けを求めた時に、真っ先に救い出す存在でありたい。
 そう願ってしまうのは、いけないことなのか。

 でき得ることなら、なんて淡い感情ではない。
 蛍の人生の大切な節目に傍にいて、支えていられるような。彼女だけの一番で在りたいのだ。


「蛍ちゃんは君の名を呼んだのに。花街でも、この玩具の世界でも。君を求めたのに。その声を君は何度拾い損ねたのかな」


 予想はできた。
 わかっていたはずだった。
 それでも滅すべき敵となる鬼から聞かされるのは、胸の内を喰い破られるような衝撃だった。

 童磨と出会った後、必要な情報を天元に報告し、千寿郎の為に能楽の羽衣を舞った。
 甲斐甲斐しく食事をする千寿郎達の世話に走り、柚霧としての過去を語り、切なさを飲み込む程の甘い一夜を過ごした。

 その間、蛍は一度だって童磨との出来事を示唆することはしなかった。
 観察眼の高い杏寿郎でさえ気付かなかったのは、蛍が身売りで何度も体を重ねていた経験故なのかもしれない。

 そして蛍自身がそこに蓋をしたからだ。
 そんな過去はなかったものとして切り捨てた。

 切り捨てた声は、ただ堕ちゆくまま消えていくだけだ。

 誰にも、拾われることなく。

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