第26章 鬼を狩るもの✔
斬撃の隙を突くように、童磨の背後を人影が跳ぶ。
背にも目がついているかのように、童磨は蛍を抱く手に握った扇を、手首の捻りだけで払った。
〝血鬼術──蔓蓮華(つるれんげ)〟
「邪魔はしないで欲しいなあ」
「クソが…!」
ぱきぱきと童磨の足元に咲き誇る蓮の花々。
触手のようにそこから伸びた幾つもの氷の蔓が、蛇のようにしなり鞭のように対象を襲った。
頸を斬らんと飛躍していた実弥が、荒々しく蔓に刃を振るう。
柱二人を相手にして尚、余裕を見せる。
童磨の実力は確かなものだった。
「さて、なんの話だったかな…ああ、そうそう。君が蛍ちゃんを守り切れていないって話だ」
炎と風の呼吸を、底冷えする冷気で払い去る。
その間にも、世間話をするかのように童磨はやんわりと杏寿郎に話しかけた。
「俺はね、感謝しているんだよ。こんな感情を抱かせてくれたのは君が初めてだ。それと同時に怒ってる。君は蛍ちゃんを満足に守り切れてもいないのに、さも自分が正当であるような顔で所有者を語るだろう」
笑みは浮かべたままだが、虹色の瞳は笑っていない。
「人間が鬼を手駒にして語るなんて。図々しいにも程があると思わないかい?」
「…貴様こそ俺達のことを何も知らずに語るな」
「ああ、知らないよ。知りたくもない。でも君だって知らないだろう? 蛍ちゃんがこの世界で感じた、人間としての死の恐怖は」
殺意でしか童磨を睨み付けていなかった双眸が、一瞬だけ動揺に染まる。
その揺らぎを童磨は見逃さなかった。
「理不尽な暴力に打ちのめされて、薄汚い男の性欲の捌け口にされて。鬼であるはずなのに、人間と同じ死を感じて恐怖した。死とは無縁な鬼のはずなのに、だよ。それがどれだけ蛍ちゃんの心を蝕む傷だったか、わかるかい?」
「……」
「わからないだろう。わかるはずもない」
常に緩く弧を描いていた童磨の口元が、感情を消す。
「助けを求めた彼女の傍に、君はいなかったんだから」