第26章 鬼を狩るもの✔
「蛍ちゃん、上手に立てるようになったね。でもまだ覚束ないから、俺に掴まっておいで」
「すみません…」
「いいんだよ。俺は蛍ちゃんの役に立てることが嬉しいんだから」
「…あの…あの人は…? あの人も、私のことを蛍と…」
不思議そうに尋ねる蛍の姿に、杏寿郎達の顔が驚愕に変わる。
「杏寿郎様…っ蛍さんは、私と同じに名前を失っていますっ」
いち早くその状況を理解した八重美が、杏寿郎の腕の中で呼びかけた。
釘付けになったまま、蛍から一瞬たりとも目を離さない杏寿郎に。
「彼がさっき話した、蛍ちゃんを手駒にしようと企む鬼狩りなんだ。鬼である蛍ちゃんを無理矢理陽の下で歩かせたり、食事の制限をしたりね。蛍ちゃんは良い娘(こ)だから従っていたようだけど。それで苦しい思いも沢山していた。身体中を陽に焼かれたことだってあるんだよ」
「ゃ、焼かれた…?」
「うん。惨い仕打ちをしたのは、彼の父親だ」
「ッ」
恐怖と困惑が入り混じるような顔で、蛍が杏寿郎を凝視する。
その瞳を見返すも、杏寿郎は違うと否定できなかった。
槇寿郎が蛍に強いた行為は、杏寿郎自身許し難いものだったからだ。
奥歯を噛み締め何も言えないでいる杏寿郎の隣を、人影が通り抜ける。
乱雑に肩から落とした与助が、強かに腰を地に打ち付けて悲鳴を上げた。
「黙って聞いてりゃ偉そうにズケズケとォ。ぽっと出のテメェこそ何知った顔で語ってやがんだァ?」
与助には一瞥(いちべつ)もくれることなく、腹の底から低い声で唸る。
「そいつが陽光にも飢えにも耐えてんのは、煉獄と共に生きると決めたからだろーがァ! 並々ならねェ決意をテメェの安い理由で捻じ曲げてんじゃねェぞ!!」
啖呵を切るように怒号を飛ばす実弥に、見開いた炎の双眸が微かに揺れた。
「わあ、凄く口の悪い鬼狩りだねえ。俺は真実を話しただけなのに」
「何が真実だ、テメェの勝手な都合の良い解釈だろうがァ…!」
「そうかい?」
噛み付く実弥から伝わる、肌を刺激する殺気にも動揺一つすることなく。童磨は不思議そうに頸を傾げた。
「だったらなんで、蛍ちゃんはこんな所にいるのかな」