第26章 鬼を狩るもの✓
「必ず無事、元の世界に連れて行きます。俺を信じて下さい」
燃えるような双眸が、一瞬だけ八重美の瞳を捉える。
それだけで十分だった。
その思いを疑う余地は八重美にはなかったし、その心を信じていたいと思った。
「…はい」
振り落とさぬようにと、自然と力が入る杏寿郎の腕に身を預ける。
服の上から伝わる温もりが幸せでならないと、熱く火照る頬を自然と緩ませた。
「お、おい…ッもう少し優しグッ!?」
「はァ? 俺に話しかけんなつっただろーが! ンなべらべら喋ってたら舌噛むぞテメェ!」
既に舌を強めに噛んで撃沈している与助を肩に担いだ実弥が、わざとなのか呆れ目で罵声を飛ばす。
その騒ぎにふと目を向けた八重美は、迷うように視線を揺らがせた。
「ぁ…あの、杏寿郎様」
「? なんですか」
「あの男性と…蛍さんは、どのようなご関係でいらっしゃるのですか?」
「…何故そんなことを?」
「ぁ…っ不躾でしたら申し訳ありません! 先程の会話が耳に入ってしまいまして…っ」
あの与助とのやり取りを耳にしてしまえば、気にせずにいる方が無理だろう。
そこを責める気は杏寿郎にはなかったが、安易に答えられる内容でもない。
「…彼らは古い知り合いです。蛍が人間の頃に知り合った関係だそうで」
「そう、なんですね…」
やんわりと言葉を選び、真実を告げる。
悪いことを訊いたかと焦りを覚えていた八重美は、応えてくれた杏寿郎にほっと笑顔を見せた。
「二人きりでいる時の距離が、親しい間柄のように見えて…つい。気になってしまいました」
(親しい?)
なるべく抱いた八重美を揺らさないようにと注意を払っていた杏寿郎の足に、余分な力が入る。
強く踏み込んだ踵が、ぱきんっと小さな氷の欠片を弾いた。
「親しい、とは」
「私もぼんやりとしていたものですから…しっかりとは」
「二人きりの時とは?」
苦笑混じりに応えていた八重美を、強い声が遮る。
体を支える杏寿郎の指先に力が入り、顔を上げた八重美は声もなく驚いた。
向けてくる双眸は、先程見た熱き瞳とは違う。
底の見えない瞳孔の奥に、燻るような黒い炎を見た気がした。
「何を見たんですか」