第26章 鬼を狩るもの✓
それだけはあってはならない。
きつく拳を握ると、杏寿郎は成すべきことの為に顔を上げた。
「不死川。此処へ来たのは君だけか」
「ああ、千寿郎には外で待機してもらってる。どうやって戻るかはわかんねェが、あの手鏡は唯一俺達の知る通り道だ。放置してたら、あの親父さんに捨てられ兼ねないからなァ」
「成程。君も此処へ来て記憶を取り戻したのだな?」
「斬るべき相手はわかってるぜ」
「十分だ」
手早く交わした言葉は最小限に。
何よりも蛍を見つけ出すのが最優先だと、何もない世界を杏寿郎は見渡した。
例え自分よりこの世界を知っていても、与助や八重美の助言だけでは蛍を見つけることはできないだろう。
となればしらみ潰しにでも己の足で捜していく他ない。
「──!」
そう行動に移そうとした時だった。
風もないのに、肌をひやりと冷気が撫でたのは。
ピシ、と空気を凍らせる音が立つ。
「っ!」
「きゃ…! 杏寿郎さまッ!?」
「チィ!」
「うぇッ!?」
見る間に杏寿郎達の立つ藍色の地面が、ピシピシと氷漬けに変わっていく。
咄嗟に杏寿郎は八重美を抱きかかえると、氷を避けるように跳んだ。
「これもテンジって鬼の仕業かァ!?」
「違う! これは童磨という上弦の鬼の技だ!」
荒く舌打ちした実弥もまた、与助の頸根っこを引っ掴んで杏寿郎に続く。
その耳が"上弦"と捉えた途端に、空気を変えた。
「おいおい上弦がいんのかよォ。聞いてねェぞ」
深くつり上がる口角。
血走る目は狂喜に踊り、とても吐いた台詞とは噛み合っていない。
「触れると己の体まで凍るぞ!」
「だからってこのまま逃げ続けろってかァ!?」
実弥の主張は尤もだ。
自身も舌打ちをしたくなる気持ちを押しとどめ、杏寿郎は顔を歪めた。
呼吸技を使えば、どうにか冷気を薙ぎ払い進むことはできるだろう。
しかし八重美を抱えている以上、片手が塞がれた状態で上弦ともなる鬼の術に突っ込むのは危険極まる。