第26章 鬼を狩るもの✓
「だとしたら、お前の親父さんが柚霧のことを憶えてたのは…」
「父上は…あの時、蛍のことをただの鬼としてしか見ていなかった。"彩千代蛍"という存在自体を否定していたからだろう」
その考察が当て嵌まるのであれば、認知度が問題ではない。
記憶に反映するのは、対象者同士の心の距離ということになる。
「もしこの過程が真実であれば…八重美さん。貴女が思い出せない静子殿は、貴女にとって何よりも心の深いところで繋がっている人ということです」
「…私、の…」
そう杏寿郎に告げられようとも、何も思い出せなかった。
それでも身に覚えのない自分に、そこまで大切に思える親がいたのだとすると。
会いたいと、思った。
名前を口にしてもぴんとこない。
それでも誰より自分を知ってくれているのだろう、その女性に。
「感情に左右する血鬼術かァ…厄介だな…」
「…うむ」
そんな八重美とは裏腹に、実弥と杏寿郎は険しい顔をしていた。
心というなんともあやふやなものに触れて結果を生み出す血鬼術なら、その術自体もあやふやなものとなる。
純粋な鬼の力とは違う、感情によって強さも規模も変わってくるのだ。
故に予想がつかない。
例え力は弱くても、思いや意志が強ければ手強い相手となる。
(…蛍の影鬼と類似しているな)
蛍の血鬼術こそ、顕著なその例だ。
蛍が口にした人間は姉一人。
なのにその身に纏う影は、時として何人もの人間を飲み込み、時として他人の記憶の中にまで精神を溶け込ませ、時として異形を造り上げ術者の意思に反して動き出す。
蛍は禰豆子とは違う。
それは本人もよく口にしていた。
睡眠により飢餓を抑えることなどできないが、それでも彼女の持つ血鬼術は類稀なるものだ。
(もしそこに、あの上弦の弐が目を付けたら──)
最悪、この場で奪われてしまうだろう。