第26章 鬼を狩るもの✓
「どうやらさっきコイツが言ってたテンジって鬼が、記憶を奪ったらしいぜェ。名前を奪うことで、その名前に纏わる記憶も引き抜くんだと。なァ?」
「ぃ、痛ぇ…ッ」
「痛みなんざ感じねェんだろうが、この世界は。嘘付いてんじゃねェよ」
折れた腕を掴み上げて問う実弥に、与助の顔が恐怖で引き攣る。
「では何故、俺のことは…」
「蛍さんが思い出させてくれました。私が鬼殺隊に助力する立場の家柄であったことも…ただ、静子さんという女性は思い出せなくて…」
「貴女の母君です」
「…はい…ですが…」
段々と八重美の声が萎み、顔も俯いていく。
母親であることは蛍からも聞いていた。なのに思い出せない。
(何故だ? 何故俺のことは思い出せて、静子殿のことは思い出せない?)
記憶が戻った今、考えれば不思議なことだらけだ。
何故自分や千寿郎や村人達は、八重美のことを忘れていたのに、蛍は憶えていたのか。
何故自分や遠く離れた天元さえも、蛍のことを忘れていたのに、槇寿郎は憶えていたのか。
何故記憶を半端に取り戻した際に、八重美は一番身近にいたであろう母親のことを思い出せないのか。
「……距離、か…?」
じっと八重美を見つめ、考え込んでいた杏寿郎が不意に零す。
その単語に実弥が頸を捻った。
「距離ィ?」
「考えてみれば…記憶の対象者同士の距離は、どれも極端なものだ」
「どういう意味だァそりゃ」
「八重美さんが神隠しにあった時、憶えていたのは蛍だけだった。駒澤村の中で一番八重美さんに疎いのは蛍だ。実際に此処で出会うまで、言葉も交わしていないはず。そうでしょう」
「え…ええ、はい。確かに」
「逆に忘れるのではなく、思い出そうする場合、八重美さんが日頃一番身近に感じているはずの静子殿を思い出せていない。前者は対象者同士の距離が一等遠く、後者は対象者同士の距離が一等近い」
「!…成程なァ」
つまりは互いの認知の度合いで、記憶は操作されるのか。