第26章 鬼を狩るもの✓
蛍の手で殺めさせたりなどしない。
こんな畜生の命の為に、彼女の手を汚させたりなどするものか。
こんな男の命まで、蛍に背負わせる気は微塵もない。
だが自分は違う。
「例え世間がお前を冤罪と見做しても、俺は一生見ているぞ。次にその手を黒く染めた時は、確実に頸を狩り取る」
その覚悟はできている。
何処まで逃げようとも、知らぬフリをしようとも。自分だけは見逃さないと告げる杏寿郎に、与助は音もなく息を呑んだ。
間近に迫る顔には影が覆い、ぎょろりと見開く双眸しか見えない。
金輪の中には炎の輪。更にその中心は何をも見透かすような瞳孔が光を放っている。
喉が震えた。脂汗が滲む。
一挙一動、間違ったものを選択してしまえば、即頸を斬られる気がした。
それはまるで。
「…ぉ…鬼…」
この男こそ、鬼人と呼ぶべき恐怖の塊だ。
「よォ、煉獄」
冷たい緊迫した空気を一蹴したのは、飄々と告げる声だった。
「此処にいたのかァ」
後ろから肩に手を置き、声をかけてくる。
まるで道端で出会ったかのような自然な動作で。
驚く与助と同様に、声もなく見開いた目を背後へと向けた杏寿郎の口が、一瞬間を作る。
「…不死川?」
其処にいたのは、現実世界に置いて来たはずの不死川実弥だった。
「おー。見つけるのに苦労したぜェ」
「何故此処に…まさか君もあの鏡を通って…?」
「そういうことだァ。とりあえず、その手放せや」
ぽかんと見つめる杏寿郎は、先程までの殺気滲ます形相の影もない。
ぽん、ぽん、と二回肩を労うように叩くと、実弥は顔面蒼白としている与助に目を向けた。
「間違ってこいつを殺しちまったら、裁けるもんも裁けなくなるぜ」
「殺すつもりはないぞ。人間、手足を斬り落としたところで死にはしない」
「ひィッ」
「ま、それも一理あるけどよォ。此処じゃ十分な手当てもできねェし、やっぱ最悪死ぬだろ。やめとけェ」
普段の笑みを浮かべてあっさりと言い切る杏寿郎に、ひらひらと下げた片手を振りながらやんわりと止める実弥もまた常備運転。
与助の命を奪うかもしれないやり取りをしているというのに、まるで緊張感がない。
そんな目の前の二人に与助は体の芯から震えた。