第26章 鬼を狩るもの✓
「ひ…ッ!? う、腕! オレの腕が…!!」
「何を慌てふためく? 痛みなどないだろう」
突然に骨をへし折られた。
腰を抜かしかけながらも、胸倉を掴む杏寿郎の所為でその場から動くことができない。
「関節に沿って折った。上手く元にはめ込み安静にしていればすぐに治る。幸いに今は痛みも感じない。お前の言う鬼と同じだ。"決して悪いことではない"だろう?」
「な、何、言ってやが…ッ」
「それはこちらの台詞だ。たかが腕の一本、お前は死んでもいないだろう」
「死んだら終わりだろうが…ッ」
「そうだ。死んだら終わりだ。"次"などない。お前は蛍と姉君から、その"次"を永遠に奪った。理解しているか」
蒼褪め狼狽える与助に、同情の欠片もない。
淡々と告げていた杏寿郎の声に、低く重みが増していく。
「柚霧は死んじゃいねぇって何度言えば」
ゴキンッ
「あッあぁあ…!」
「お前達はあの日、人間であった蛍を殺した。鬼という世の理から外れた存在に成り果てさせた。それを未遂などと言わせない」
「オレの手がァ…!」
「その手ではもう箸も持てないな。なに、菊葉殿と同じだ」
「きく、は…ッ?」
「蛍に手を上げていなくとも、菊葉殿に毒を盛る協力はしていたんだろう? ならばお前もしていたことだ。何をそんなに驚く必要がある」
陶器の猪口を簡単に握り砕いていた杏寿郎の手が、折れた与助の手の骨を易々と砕く。
砕いたというのに、気配も、感情の一つも揺らいではいない。
見開いた双眸が、上がりも下がりもしない口角が、抑揚のない低い声が、淡々と責め続ける。
「安心しろ。それでも人間は生きていける。毒漬けにされ、寝たきりとなり、金品を搾り取られ、男の欲の捌け口にされようとも。不思議と生きていけるんだ。知っているだろう?」
「ッ…」
「だからお前も命の心配をする必要はない。片腕一本失くしたところで生活に支障もないはずだ。…ああ、傍で献身的に世話を焼いてくれる者がいればの話だが」
姉に尽くした、妹のように。