第26章 鬼を狩るもの✓
「ち…違う。誤解だ」
「誤解? 何が」
「オレは手を出していねぇ…ッ菊葉の時も、柚霧の時もッオレは見ていただけだッ」
杏寿郎の常人ならざる剣技の様は、既に見ている。
嘘をつく方が、何をも見透かすこの男相手では分が悪い。
直感的に悟った与助は、弱々しく頸を振りながら"真実"を話した。
「そ、そんな酷いことする訳ねぇだろ…ッだけどあの身売り屋じゃそれが当たり前だったんだ。オレも周りに従うしかなかったんだよッ」
「…つまり、弱き者が命を搾取される様を目の当たりにしながら、それが"当たり前"だと生きていたんだな」
辿々しく声を荒げる与助とは正反対に、杏寿郎に感情の起伏は見られなかった。
淡々と抑揚のない声は、無情に与助の真実を指摘する。
「見て見ぬフリを装い、見えていながら見なかったことにしたお前も彼女達にとっては同じこと。それが"違う"などと。甚(はなは)だ可笑しなことを言う」
「っさ…逆らったら、オレが同じ目に合ってたかもしれねぇ…」
「"かもしれない"。そんな曖昧な可能性で、人の命を見捨てたのか」
与助のような人間はいる。
この世は弱肉強食。
その理は鬼のいない人間だけの世界でも生まれるものだ。
大きな力に流されるまま、悪事から目を逸らし生きている人間だって多いだろう。
それを杏寿郎も逐一咎める気はなかった。
哀しいことだが、そうすることでしか生きていけない人間もいる。
人は皆、生まれながらにして真っ当に生きられる訳ではない。
環境や性格一つで道筋は変わる。
杏寿郎と蛍の歩んできた道が、陽と陰程に違ったように。
それでも、と思考は濁る。
人の命が消えたのだ。
無情な男達の欲望によって、墓石一つ立てられない粗末な土の下で眠ることとなった。
妹に我が身を喰わせ、生きることが苦しいと自ら命を投げ出す程に。
その姉の肉を喰らい、人成らざる者として地獄の果てまで歩むことを覚悟する程に。
我が身可愛さで目を逸らした男の陰で、彼女達は生きたまま地獄を見たのだ。