第26章 鬼を狩るもの✓
「旦那の足、痛みを感じてないだろ? 凍った感覚もないはずだ」
「…何故そう思う」
「この世界が"そう"なんだよ。此処で負った怪我は、怪我として機能しない。痛みは全て取り除かれるんだ」
与助の言う通りだった。
片足の先は未だ凍り付いているが、痛みというものはない。
凍傷により痛覚が麻痺してしまったのだと思っていたが、そうではなかった。
得意げに語る与助とは裏腹に、杏寿郎の眉間に皺が刻まれる。
(まずいな)
痛覚を感じないということは、身体の危機も感じられないということだ。
痛みは身体の緊急信号。それを失くして上弦の鬼と戦り合えば、一歩踏み間違えれば致命傷を負い兼ねない。
「な? オレの知識はきっと役立つ。だから置いていかないでくれ。童磨とかいう奴と関わる気はねぇから、邪魔はしねぇよ。後生だ!」
ぱん!と両手を合わせて頼み込む。
与助の必死の説得に、杏寿郎は顔を顰めたままだった。
「上弦の鬼との戦闘となれば、他人を庇う余裕などないだろう。自分の身は自分で守ってもらわなければならなくなる」
「ぅ…そ、そりゃあ、まぁ…覚悟、してる…」
「鬼の手によりその命を落とさせる訳にはいかない。俺の言うことを守り、軽率な行動をしないと誓うなら考えてもいい」
「! 誓う誓う! 旦那の言う通りにする!」
弾けるように顔を上げた与助が、満面の笑みを浮かべる。
「いやあ、流石煉獄の旦那。オレの目に間違いはねぇ、優しい御方だ!」
「…優しい?」
両手を上下に重ねて擦り合わせ、媚を売る。
見え透いた与助の態度を前に、杏寿郎の声のトーンがひとつ下がる。
「勘違いするな。俺がお前の命を守るのは、人の法にて裁かせる為だ。鬼から守る為ではない」
「へ?…人の法?」
「お前は彩千代蛍という女性と、その姉君の命を奪った者の一人だろう」
淡々と告げる杏寿郎の声に抑揚はない。
なのに背中に刃を突き立てられているような悪寒が、与助に走る。
「知らないとは言わせない」
見開いた炎のような双眸は、与助の悪事を全て見透かしているかのようだった。
童磨を前にした時とは違う、底冷えするような恐怖が滲み寄る。