第26章 鬼を狩るもの✓

　鬼にとって血鬼術の全てを知られることは、腹の底を全て暴かれることと同じこと。

　情報は時として生死を分ける、重大且つ有益なもの。
　それを童磨は重々知っていたからこそ、目移りすることなくそれだけを求めた。

　テンジを知ることは、この世界を制することと同じことだ。


「っ…ぅ…」

「遊戯を始めたのは君だろう？　そして勝ったのは俺だ。約束は守ってもらわないと。ねえ」

「テンジ……テンジに、酷いこと、しないで下さい…」

「ん？　大丈夫。痛いことなんてしないから。ただお話をしようと言ってるだけだよ」


　やんわりと童磨の服を握り引く。
　どうにか気を取り留めたのか。それでも弱々しい蛍の主張に、童磨は応えるようにそっと手を握り返した。


「それより蛍ちゃんは、今大変な状態なんだから。他の子の心配より、自分の心配をしてあげようか。あの子は俺が見ているから。ね」

「……」

「ん？」

「…貴方、は…誰、ですか…？」


　にこにこと常に笑顔を絶やさず向けてくる。
　童磨のその顔をじっと見返して、蛍は頸を傾げた。

　テンジのことなら知っている。
　けれども目の前のこの男のことは知らない。
　こんなにも手取り足取り構ってくるのは、何故だろうか。


「私のことを、知っているんですか…？」

「…ふぅん」

「？」

「ああいや。そっか、俺のことも忘れちゃったんだね…」


　虹色の瞳が、蛍を映したまま細められる。
　かと思えば、ぱっと表情を変えると童磨は太い眉尻を哀しげに下げた。


「そっかあ…」

「…あ、の」

「童磨」

「え？」

「俺の名前は童磨、だよ。ぴんとこないかな？」

「…ごめんなさい…」

「ああ、責めている訳じゃないんだ。憶えていないなら仕方ない。また一から知っていけばいいんだから」


　握った手を優しく引き寄せて、唇に当てる。

　濁った緋色の瞳が、丸く見開く。
　その目に映る自身の顔を見返して、童磨はゆるりと口角を上げた。


（嗚呼。やっぱりいいなあ）


　彼女の瞳に映る様は。