第26章 鬼を狩るもの✓
「っ下ろして下さい」
「うーん。どうしようかな」
童磨の腕の中で藻掻く蛍は、凡そ鬼とは思えない力の無さだった。
変わり果てる前の蛍なら、童磨の顔面だって遠慮なく凹ませていただろう。
その拳は今は、童磨の胸を弱々しく押し返すだけ。
「下ろしてあげたいけど。蛍ちゃん今、自分で歩けないだろう?」
「? 何を言って…」
「だってほら。自分の足を見てごらん」
姫抱きで抱えた膝裏を、軽く上げる。
動作で主張する童磨に、蛍の目が自身の足へと向く。
「ッ!?」
途端に、その顔は驚愕に染まった。
「ぁ…足、が…」
「うん。今、蛍ちゃんの足は一本しかないから。下ろしても歩けないと思うよ」
「なん…なん、で?」
「大丈夫。またすぐ生えてくるから。俺の術で止血もできてるし。冷たいのは我慢しておくれよ?」
「足…っぁ…あし、が…ッ」
ほのぼのと話しかける童磨の言葉は、途中から蛍の耳には入っていなかった。
それもそのはずだ。
〝蛍〟という名前を失った彼女に、鬼の記憶はない。
一度失った体は二度と戻らない。
自然の摂理を知っているからこそ、恐怖と混乱とで思考は黒く塗り潰される。
「ぁ、あ…ッ」
「…蛍ちゃん…」
叫びはしないものの、掠れた声で狼狽える蛍の目の縁に、じわりと微かな涙が滲む。
今、目の前にいるのは本来の蛍ではない。
それでも彼女の瞳に浮かぶ雫に、童磨は花街で初めて見た蛍の涙を思い出した。
あの涙目の姿に、心は攫われたのだ。
もっと蛍のことが知りたいと、貪欲な気持ちが生まれた。
「…よしよし。大丈夫。大丈夫だよ。これ以上痛い思いはさせないからね」
腕に抱いた柔らかなか弱い体を、そうっと抱きしめる。
壊れ物を扱うかのようにして、震える背を何度も撫で擦る。
「俺が蛍ちゃんを守ってあげる」
怯える蛍は知る由もない。
足を奪った元凶こそが、この男であることを。