第26章 鬼を狩るもの✓
「あ、でも蛍ちゃんは葉だから、水の俺が捕まえられたことになるのかな」
「……」
「蛍ちゃん?」
抱き上げた蛍から、反応は一つもない。
「どうしたんだい? 待ちくたびれちゃった? 蛍ちゃん。蛍ちゃーん。おーい」
いつもの蛍とは違う様に、対して童磨に緊張感というものはない。
あせあせと軽く慌ててはいるが、何度も律義に名を呼び続けた。
すると力なく童磨の胸に凭(もた)れていた手が、ぴくりと動いた。
ゆっくりと上がる顔が、童磨へと向く。
縦に割れた瞳孔は鬼の瞳そのものだったが光がない。
どんよりと濁ったような瞳で、不思議そうに童磨を見つめている。
「蛍ちゃん?」
「…?」
名を呼べば、ゆっくりと頸を傾げられた。
「あれ。自分の名前がわからない?」
「…なまえ…」
「あ、話せるんだね。ああよかった。そうだよ、名前」
「私の、名前…」
「うん」
「私、は…」
覚束ない声が、拙(つたな)く己の名前を辿る。
しかし思い出せないのか、呆然と宙を彷徨う視線は行き先がわからないかのようだった。
「わたしは…?」
頭を抱えて自問自答する。
まるで人が変わったかのような蛍の姿に、童磨の目も丸く見開いた。
「…ほたる…」
「! テン、ジ」
それでもテンジのことは憶えていたようだ。
焦がれ求めるように呼ぶテンジに、はっとした蛍が身を捩る。
「蛍ちゃん?」
「テンジの、所に行かせて下さい」
「ええ、なんで? あの子から助けてあげたのに。蛍ちゃんがそんな状態なのも──」
「傍にいるって、約束したんです。私が守るって」
「本当に? そんなことを言ったの?」
「はい」
迷わず頷くのもまた、術にかかっている所為なのか。
(恐らくあの子の血鬼術は、この世界に住まう者を自由に操ること。遊戯を発動条件にして、蛍ちゃんの記憶を塗り替えたのかもしれないな)
蛍の足首に結び付けたリボンを介してこの世界のことも見ていたが、声は情報として手に入れられなかった。
故に童磨は、テンジが遊戯により相手の名前に住み着く記憶を奪うことを知らない。