第26章 鬼を狩るもの✓
──カシャン、と
何かが零れ落ちる 音 がした。
「──」
驚き見開いていた蛍の瞳から、光が消える。
かくんと力を失ったように俯く蛍は、まるで糸の切れた操り人形のようだった。
そんな蛍を前にテンジは満足そうに笑うと、再び両腕を広げて抱き付いた。
胸に頬を押し当てて、背中を抱きしめて、嬉しそうに笑う。
「ほたる、いっしょ。ずっと」
これで離れることはないと、歌うように笑う様は無邪気な子供だ。
だから気付くのが遅れた。
ぱきん、と空気を弾く音が木霊する。
ふ、と漏らす吐息が白く染まり、テンジの目が瞬いた。
(おやあ。これが君の限界かな?)
「!?」
声はテンジの脳内から聴こえた。
弾けるように蛍から身を離したテンジが、己の世界を見て驚く。
ひゅおりと、風もないのに冷風が頬を撫でた。
先程までは慣れ親しんだいつもの世界だった。
それが今では辺り一面氷漬けに変わり、別世界へと化していた。
地面も、空も、反転した世界そのものが、薄い氷を張ったように凍っている。
唯一テンジと蛍の座り込む場所だけが、意図的に氷漬けを免れていた。
「この世界を全て覆った訳じゃないけど、八割方はいったかな。案外速かったなあ」
こつん、こつんと、氷の世界を歩み寄ってくる。
白い世界に映える、虹色の瞳をした鬼。
「やっぱり琵琶の君より、術は貧弱だね。もっと沢山人間を喰べて力をつけた方がいい」
「…ぅ…」
「君は蛍ちゃん以上に人間の血の匂いがしないから、恐らく全く手をつけていないんだろう? 駄目だよ、しっかり喰べないと」
ゆっくりとテンジに向けて歩いてくる童磨との距離は、凡そ十m。
「じゃなきゃ大事なものも簡単に奪われる」
こつん、と童磨の足が氷を弾く。
刹那、声はテンジの背後から届いた。
驚き振り返ったテンジの目に、背に庇っていたはずの蛍が捉えられない。
「蛍ちゃん、つーかまーえた♪」
瞬く隙にテンジの横をすり抜け、蛍を攫った童磨が軽々とその身を抱き上げていたからだ。