第26章 鬼を狩るもの✓
「…うん…もう、痛くないよ」
両腕を伸ばす。
目の前の体を囲うように背を抱いて、手繰り寄せた。
「ありがとう」
幼い少年の体を抱き締める。
テンジが蛍を認識する前から、この世界は火傷の痛みを取り除いていた。
蛍だからではない。
テンジの世界に踏み入れた者全て、分け隔てなく痛みを消しているのだ。
「ありがとう、テンジ」
それは全て、この少年の優しさが成していることなのだろう。
人のいない反転したこの世界は、寂しいものだと思っていた。
視点を変えてみれば、反転しているだけで全ては現実世界と同じもの。
入り込んだ者を欺き、騙すものなど何もない。
寂しさと、そして優しさが入り混じった世界だ。
「…行こう、テンジ」
「いく?」
「私と一緒に。外の世界に」
抱きしめていた腕を緩めて、頸を傾げるテンジを見つめる。
蛍の表情は、強い決意を固めていた。
「私からテンジのことを杏寿郎達に話すよ。テンジなら、きっと受け入れて貰える」
禰豆子と同じだ。
テンジの血鬼術は、子供故の無邪気で酷な作用も持ち合わせているが、使いこなせればきっと正しい扱い方ができる。
人の為に、生きることができる鬼だ。
「生きよう、一緒に。鬼だって人と一緒に生きていける」
「いき…る…?」
「うん。外の世界で私と…杏寿郎と」
「…きょ、じゅ…いや…」
「大丈夫。杏寿郎は鬼であっても、私の話に耳を傾けて聞いてくれた。理解してくれた。テンジのことも、きっと受け入れてくれる」
「ぃゃ…こわ、い」
「怖くないよ。大丈夫。私が、傍にいるから」
「っほたる」
ぎゅっと、少年の体が蛍に抱き付く。
「ほたる、いる。が、いい」
「うん。傍にいるよ」
「ほたる、で、いい」
「テンジ?」
「みんな、いらない。ちち、いらない。ほたる、ほしい」
「与助? うん、あれは縁を切っていいと思う。だから私と、新しい世界に行こう?」
「っ…」
優しく何度も誘いかけるも、テンジは強く抱き付いたままふるふると頸を横に振り続けた。