第26章 鬼を狩るもの✓
「──ほたる」
「…テン、ジ…?」
突如として蛍の世界は回り、視界を遮り体を取り込んだ。
それは一瞬のもので、反射的に強く目を瞑った間に過ぎ去った。
くいくいと服の裾を引かれる。
恐る恐る目を開ければ、見えたのは不安そうにこちらを見てくるテンジの顔。
「此処、は…?」
「どーま。いない。ところ」
辺りを見渡せば、変わらない藍色の世界。
其処にいるのは、蛍とテンジの二人だけだ。
「童磨がいない所って…じゃあ与助はっ? まさか童磨と二人だけにしてきたのっ?」
腐っても与助は人間。
鬼と二人きりになれば、その末路はどうなるか目に見えている。
咄嗟に立ち上がろうとするも、片足を失った状態では腰を上げることすらままならない。
少しだけ浮かせた尻を再び地に着かせる蛍を、おろおろとテンジが心配そうに見守る。
「っ…?(あれ…?)」
痛みに歪む顔で、足の付け根を押さえる。
そこで蛍は違和感を覚えた。
どんなに童磨が痛みを抑える為に氷漬けにしようとも、片足を捥ぎ取られたのだ。
何も感じないはずはないのに、痛みも、冷気も、何も感じない。
「…痛くない」
思い出したように、与助に殴られた顔に触れる。
あの時は痛みより恐怖が勝った故に、何も感じなかったと思っていた。
それでもよくよく思い出せば、僅かな痛みすら感じていない。
「なんで…」
「いたい? ほたる。いたい?」
「え?」
「いたいいたい、の。とんでけ。する?」
心配そうに見守っていたテンジが、そわそわと小さな手を伸ばす。
躊躇しながら、触れたのは蛍の顔。
殴られた跡は残っているのか、目元を恐る恐ると撫でてくる。
「いたいいたい。の、とんでけ。いたいいたいの、とんでけ」
思い返せば、この世界へ来た時からそうだ。
踏み入れた途端に、全身火傷の痛みは突如と消えた。
顔を殴られた痛みも、足を捥ぎ取られた痛みも、テンジの繰り返す呪文が打ち消していたのだとしたら。
「いたいいたい、ない? もう、ない?」
「…テンジ…」