第26章 鬼を狩るもの✓
「あれぇ、逃げるのかい。懸命だけど面白味がないなあ!」
童磨が扇を打ち込むように仰げば、冷気が杏寿郎を追う。
それでも向かってくる者ならまだしも、逃げる柱の足に食らい付くことはできなかった。
炎の揺らぎのような空気だけを残して、与助を連れ去る。
一人その場に残された童磨が、みしりと扇を持つ手に力を込めて──はっとした。
「…あれ」
きょとん。
そんな効果音がつきそうな程、拍子抜けた声を漏らす。
ぽかんとおどけた表情は、先程までの無の顔を消し去っていた。
「…俺…」
まじまじと自身の手を見つめる。
軋む程に握り締めていた扇を持つ手を緩めると、虹色の瞳が何かを発見したように輝いた。
「うわあ…」
初めての感情だった。
花街で蛍に対して抱いたものもそうだったが、それとは全く別のもの。
杏寿郎に対して、はっきりと不快感を抱いたのだ。
上弦の弐に位置する鬼──童磨とは、一際他とは逸脱した鬼だった。
否、それは人間の頃から成り立っていたものだ。
童磨には心というものがなかった。
感情は持ち得ていたが、凡そ人が持つものとは違う。
故に他人とは感情の共有が成せず、それは実の父や母にも及んだ。
何故人間は弱さを抱くのだろう。
他人に弱音を吐き出し、嘆き、哀しむのだろう。
そんなことをしたって、解決にも幸せにもならないのに。
"万世極楽教(ばんせいごくらくきょう)"という宗教の教祖を父に持ったが故に、必然とその地位を引き継がされた。
虹色の瞳に白橡の髪を持つ童磨の容姿は、特別であるからこそだと両親に崇められた。
幼い頃から何十人もの大人達が童磨の下へと訪れては、幼い童磨を頼り、苦しみ、哀しみからの解放を願う。
なんとも哀れで、愚かな大人達だと童磨は泣いた。
辛い経験談などに同情したからではない。
こんな子供に縋ることしかできない極楽教の信者達に、頭は大丈夫なのかと心配したからだ。
可哀想に。
彼らは父や母と同様、頭が鈍い人達なのだろう。
だから"極楽"なんてこの世にもあの世にも存在しないものを望む。
死ねば土に還り無となるだけなのに、魂は神や仏の下へ導かれるのだと夢想する。
頭の悪い、気の毒な者達なのだ。