第26章 鬼を狩るもの✓
それは瞬く間に起きた。
童磨を中心に、地面から真っ白な氷が張っていく。
目で追える速さなら常人でも易々と回避できただろう。
しかし世界は一瞬で氷漬けにされた。
「く…ッ!」
距離を取るように飛び退く杏寿郎の足先が、ぱきりと凍る。
氷の魔の手を回避し損なったのは、見逃せないものがあったからだ。
「ひぃイ…!」
杏寿郎に襟首を鷲掴まれ、共に宙へと跳んだ与助が悲鳴を上げる。
腰を抜かしたようにその場に座り込んでいた与助を放置していれば、今頃全身氷漬けとなっていただろう。
「ふぅん。仲間意識は強いんだね」
吐く息も真白に変わる世界の中心で、童磨は興味もなく呟いた。
「その人間は、生かす義理なんてどこにもない。なのに〝人間〟というだけで、君達の中では俺達鬼よりも遥かに優遇されるんだろう。蛍ちゃんに酷い仕打ちをしたことなんて二の次だ」
「ぁ…あれは…違う、オレは──」
「黙れ」
狼狽える与助が、力なく頸を横に振りながら弁解しようとする。
その言葉を遮り一蹴したのは、童磨とは別の感情で表情を無くした杏寿郎だった。
鋭い双眸が瞬時に辺りを把握する。
何処を見ても白い世界。
吐く息は童磨程ではないが、白く染まる。
(氷を操る血鬼術…やはり厄介だ。それもここまで広範囲だと近付くことすらままならない)
頸を斬る為には、どうしても近付かなければならない。
その為には足元に縋るように座り込んでいる与助は邪魔となる。
彼の命を守りながら上弦の弐の頸を取るとなると、最低でも万全の状態でいなければ。
凍った右足先には痛みの感覚がない。
逆にそれが不都合だと、杏寿郎は与助を米俵のように脇に腕を回して片手で担ぎ上げた。
「精々生かす価値のないその人間を庇ってごらんよ。どこまでできるか見ていてあげよう」
ひらりと童磨が扇を揺らせば、びしびしと凍る世界が人間二人に牙を剥く。
「た、助け」
与助の悲鳴は途中で途切れた。
無事な足先に力を込めた杏寿郎が、助走も無しに飛躍したからだ。
凍る世界から逃れるように。
童磨がいる場所とは真逆へと、背を向けて。