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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第26章 鬼を狩るもの✓



 世界が回る。
 視界が回る。
 しかし今度は上下反転などしなかった。


「なん──…!」


 ぐるぐると回るのは地面の星屑に、雲に、藍色の夜。蛍の視界を覆うように、全てを巻き込み転回していく。

 叫ぶ暇もなかった。
 童磨が目を丸くする間に、蛍の姿はテンジと共に掻き消えたのだ。




















「…自分が創造主の世界って都合がいいなあ…」


 静寂に落ちる独り言。

 目の前で竜巻のように激しく渦を巻いた空間は、蛍とテンジを飲み込み攫った。
 反して童磨自身は風一つ、肌に感じていない。

 実力で言えば童磨が上だが、ほんの少しだけテンジの素早さが勝った。
 それを可能にしたのは、少年の意思一つで自由自在に変わるこの世界だ。


「(火と水、か…)成程、俺が鬼ということかな」


 敢えて自分を逃げの立場に置いたのは、蛍をこの場から連れ出す為だったのだろう。
 あんなにも怯えていた目が、最後は童磨に対して冷たい光を放っていた。


「余程あの子は蛍ちゃんを大事に思ってるみたいだ」


 ゆらりと振り返った童磨の瞳が、自分と同じくその場に取り残された与助を捉える。


「そして君はそんなに大事じゃなかったみたいだね」

「ッ…」

「あはは、睨まないでおくれよ。そもそも人間が鬼を飼い慣らす方が土台無理な話だ」


 反論をしたいが何も出てこないのだろう。顔を歪めて唇を噛み締めるだけの与助に、さてと童磨は世界を見渡す。
 惨めな男の末路など興味もない。
 己が鬼ならば、追うべき相手は決まっている。

 手にした扇を広げようと、腕を振り上げ──ちり、と微かな熱が肌に焼き付いた。


 ──ゴウッ!


 一秒にも満たなかった。
 何処からともなく吹き出た巨大な火柱が、童磨目掛けて咆哮を上げる。
 閉じた扇で受け止めた衝撃が、熱い鉄を弾け合わせたような轟を上げた。

 激しいせめぎ合いに、かちかちと扇が戦慄く。
 手元の激しさとは相反して涼しい顔で衝撃を受け止めた童磨は、すぐ傍に迫りくる形相に口角を緩み上げた。

 炎を連想させる金と朱の髪。
 貫くような熱を宿す強い双眸。
 赤い刀身の得物を手に、せめぎ合うは──鬼狩りの柱。

 幾度もリボンから垣間見ていた、彼(か)の男だ。

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