第26章 鬼を狩るもの✓
ぬ、と伸びた童磨の掌が、与助の顔に影を差す。
「待って!」
鋭い爪先が、ぎりぎりまで開いた与助の眼球に触れる──直前。
蛍の制止に、ぴたりと切っ先が止まった。
「その男に、手を出さないで」
「なんでだい? 彼は蛍ちゃんに酷いことをしていただろう?」
「それは私とそいつの問題だから。童磨は関係ない」
「そんなつれないことを言わないでおくれよ。余りに目に余るから、俺も放っておけなくてさ」
「…応えて、くれたことには……感謝、してる」
ぎこちない程に、辿々しくも礼を告げる。
不器用なまでの蛍の感謝は、恐らく初めて向けられたものだ。
ぽかんと目を丸くした童磨の顔に、たちまちに輝かんばかりの笑顔が宿る。
「蛍ちゃ」
「でも! だからって勝手に足捥(も)いでいいとは言ってない…! お陰で歩けないんだけど!?」
「あははっごめんごめん。どうしてもこの姿に成るには、土台となる肉塊が必要だったからね。氷点下で一気に凍らせたから、そこまで痛みも感じなかっただろう?」
「そういう問題じゃない…ッ」
「そうだねえ…俺のこの手も足も、胸も顔も、全てが蛍ちゃんの肉体でできているんだと思うと…ハァ」
「ハイそこが大問題!! 気持ち悪いから自分を抱きしめて頬染めないで下さい!!」
びしりと指差し捲し立てる蛍に、逆効果なのか益々笑う童磨はどこ吹く風だ。
「っ…それに、そいつの始末は私がする」
これ以上何を言っても無駄だと悟った蛍は、早々と論点を切り替えた。
「私が、殺すから」
それだけは譲れない。
ぎちりと、鋭い犬歯を噛み締めて続ける蛍の殺気を滲ませるような威圧に、ぴたりと童磨の笑い声が止まる。
しかしその口元は更ににんまりと、深く弧を描いた。