第26章 鬼を狩るもの✓
「……」
「なんだぁ…?」
固まったまま動かない蛍の異変に、気付いた与助が少しの冷静さを取り戻す。
蛍の目は大きく見開いてこちらを見ていたが、実際には"見ていない"。
「っその目が気に喰わないってんだよ…」
ぎり、と歯を食い縛る。
再び怒りに任せた与助の拳が、蛍の顔に影を作る。
ひゅくりと喉が震えた。
逃げないと。
抗わないと。
こんな相手に弱者に成り下がるな。
「…っ」
それでも体は動かない。
(大丈夫だよ。動けなくても、声は届いてる。さっきみたいに呼んでごらん)
頭の中で響く声が、優しく促してくる。
(今此処で手が届くものに。さあ)
見えない手を、差し伸べられているような気がした。
声しか聴こえない不確かなものでも、姿形を消し去った杏寿郎よりもはっきりとしたものだ。
今ここで、その名を呼べば──
「 どう ま 」
来て、くれるのだろうか。
(うん)
空気がひやりと凍て付いた。
(ごめんね、蛍ちゃん。少し痛いかも)
瞬間、凍て付く空気が足首に突き刺さった。
「ッ…!?」
「つめた…ッ!?」
びくりと蛍の体が跳ねる。
急に肌に感じた凍えるような何かに、与助が蛍から飛び退く。
ぴしぴしと空気を割るような音を立てながら、急速に蛍の片足が氷漬けにされていく。
足首のリボンから伝わる冷気が、容赦なく蛍の細胞を凍らせた。
驚きと困惑と恐怖で体が竦む。
見えない術は逃げる術がない。
見開く蛍の目が、ひらひらとはためく足首のリボンを見て"それ"を捉えた。
ぎょろりと剥き出しの目が、リボンの縁に浮いている。
鮮やかな虹色のその目には見覚えがあった。
以前に見た瞳の中には、上弦の弐と記されていた──鬼の目だ。