第26章 鬼を狩るもの✓
「っ何して…!」
「煩ぇッ黙ってろ!」
「嫌! そこまではしないって言った…!」
「お前の事情なんざ知ったことか…! 化け物だからなんだ、身体は他の女と変わらねぇじゃねぇか!」
反射的に脚に力を入れて閉じる。
尚も股を開かせようとする与助に、スカートの端を押さえたまま蛍はそれを許さなかった。
人間と姿は変わらずとも、中身は違うのだと、そんなことを悠長に教える隙もない。
今の与助には、何を言っても全て右から左だ。
「死んでもあんたとなんか絶対しない…!」
「んだとォ…ッ!!」
それでも蛍の強い拒否姿には、与助の目も止まる。
苛立ちに目をぎらつかせたまま拳を握った。
「この売女風情がッ!!」
跨る男の体。
物のようにしか見ていない目が殺気と欲を混じらせている。
握る拳は、無慈悲に相手を痛めつける為だけにあるものだ。
本来なら、そんなもの力で跳ね返せた。
影鬼を使えば、指先一本動かさずとも捻じ伏せることができた。
「──っ」
なのに体は硬直し、息が詰まる。
フラッシュバックのように重なったのは、人としての人生の幕引きを強いられたあの日。
男達の私利私欲により命を殴り潰された、あの瞬間。
──ゴッ!
鈍痛が頭に響く。
痛みよりも視界を揺らす衝撃の方が強かった。
殴られた。と気付いた時には、言葉を発することができなくなっていた。
「ッ…」
逃げなければ。
否、抗わなければ。
屈するものか。負けるものか。
そう心の奥底は叫んでいるのに、上塗りしてくる恐怖が身動ぎ一つ許さない。
憎悪よりも、恐怖が湧き立つ。
奈落の底に、崖の上から突き落とされるようなあの絶望を──思い出して。
(きょ、じゅろ…っ)
過ったのは、恋しい人の顔だった。
焦がれた想いが、助けを乞う。
しかしこの場に炎の双眸を持つ男はいない。
知っていたはずだ。
都合良く助けてくれる偶然など、そんなものは架空の理想。現実ではあり得ない。
弱き者を慈愛の心で救う神や仏などは存在しない。
だからあの時、自分は死んだのだ。