第26章 鬼を狩るもの✓
「おいテンジ! 何してやがる…!!」
驚愕していたのは蛍だけではなかった。
同じ世界の住人なら、異変を感じて当然のはず。
与助もまたその一人だった。
蛍同様、テンジの体を崩した姿に一瞬息を止める。
しかしすぐさま、その目は隣にいた蛍に向いた。
「お前テンジに何しやがった…!?」
「っ何も、してない。急に叫び出して…気付いたらこんな状態で」
「嘘つけ! 何もなしにテンジがこんな有り様になる訳ねぇだろう!」
「本当に何もしてない! 私はただ帰ろうとしただけで…!」
「帰るだァ?」
勢いのまま告げようとした言葉を、ぐっと呑み込む。
この男にそんな願望を伝えたところで、どうにもならないことなど明白だ。
「っだめ…ほたる…いく…だめ…」
「! テンジ…」
くん、と袖を引かれる。
振り返れば、小さな手がブラウスの袖を握り締めていた。
どろどろに溶けていたはずの顔半分が、徐々に輪郭を取り戻しつつある。
(! 再生が速い…)
やはりテンジは鬼なのだと再確認すると共に、これだけの傷を負っておきながら既に原型を取り戻しつつある再生力には目を見張った。
自分は陽に焼かれた後、暫くは動けなかったというのに。
比べ物にならない力だ。
「ほたる…かえる…ここ…」
「っ…私の帰る場所は、此処じゃない」
「ぃゃ…きょう、じゅ…いや…きょうじゅ、いや…」
力なく頸を横に振るテンジが、杏寿郎の名を何度も否定するように口にする。
唇を噛み締める蛍とは反対に、与助は冷めた表情で吐き捨てた。
「まだそんな望み持ってやがったのか…帰れると思ってんのか。お前なんかが、人間の世界に」
「…煩い。あんたには関係ない」
「なんだァその口の利き方は!」
「!」
振り被る掌が蛍の頬を打つ。
──前に、蛍の手が与助の手首を掴み取っていた。
相手は体を鍛えてもいない素人の男だ。
止めようと思えば止められる。
「ッお前、まだ自分の立場がわかってねぇみたいだな」
しかしそれは逆効果だった。
ふつふつと苛立ち沸く与助の声に、蛍の脳裏を過ったのは八重美の顔だ。