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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第26章 鬼を狩るもの✓



「ひッぅ」


 悲鳴は一瞬だけ。
 体を強張らせたかと思えば、突如世界が揺れた。


「あぁア"あぁア"ア"あア"ア"ア"ああ!!!!!!」

「ッ!?」


 幾重も重なる咆哮が渦巻く。
 テンジの名を呼ぶ暇もなく、揺れる世界に蛍の体は庭へと放り出された。

 見えない何かに力任せに押さえ付けられたように、体はびくともしない。
 そして再び世界は回り、逆転した夜空へと落下した。


(ぶつかる──!)


 身動きできない体では受け身もとれない。
 強く目を瞑ることしかできなかった蛍だが、覚悟した衝撃はやって来なかった。


「…ほ……ほたる…」

「っテン、ジ…?」


 恐る恐ると目を開ける。
 蛍の体を押さえ付けた時のように、無数に星屑から伸びた腕が、クッションの代わりとして蛍の体を抱き込んでいた。
 四肢が全く動かせなかったのは、これが原因なのか。いまいち正確な答えは図り兼ねたが、それよりも名を呼ぶ少年の姿に蛍は息を呑んだ。


「テンジ…っ」


 夜空の地に下り立った目の前で、顔を両手で覆うテンジの体が半分──崩れている。
 強力な酸を浴びたかのように、体半分をどろりと溶かした姿は衝撃的だった。


「どうしたの…ッ何が…大丈夫!?」

「…ぃ…」

「え?」


 必死に藻掻いて駆け寄ろうとすれば、体を押さえ込んでいた無数の触手はすんなりと力を抜いた。
 触れても大丈夫なのか。手を伸ばしたが最後の一歩を踏み出せずにいる蛍の耳に、弱々しい声が届いた。


「いか…な……で…」

「っ…」

「…お…て…ない、で…」


 "置いて行かないで"。

 それが自分に向けられた言葉ということはわかっていた。
 泣き零すかのような弱々しい声に、何も応えられない。

 あんなに蛍を捜して泣き喚いていた時は、世界は一つも崩れなかったというのに。
 ぐらぐらと空を、地面を揺らす様は、まるで少年の心を映し取っているかのようだった。

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