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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第25章 灰色万華鏡✔



「──!?」


 回る、廻る、世界がまわる。

 鏡の中へと放り込まれた杏寿郎の体は、重力が定まらない世界を彷徨った。
 世界がぐるぐると回る中、視界の端に捉えた何かを咄嗟に掴む。

 がくん、と急に一定の方向へと下がる体が、腕の支えだけで宙に浮いた。


「っ…」


 掴んでいたのは軒下だった。
 しかし何かが可笑しい。

 下に地面があるはずなのに、体が放り出されているのは途方もない空間だった。
 真っ暗な、何をも飲み込みそうな程の夜空が真下に広がっている。


「なん、だ…これは…っ?」


 即座に周りを観察すれば、逆さまに見える軒下も、庭も、松の木も、見覚えがある。


(此処は…俺の家?)


 周りを囲う塀も、立派な長屋門も、長年見てきた生家の一部だ。


「っ千寿郎! 不死川!!」


 咄嗟に呼ぶも、今し方まで傍にあった二人の気配がない。
 即座にこの場が今までいた生家ではなく、硝子の向こう側に見た類と同じ、もう一つの生家なのだと理解した。


(俺だけが此処に来たのか。ならば彼女も…ッ)


 辺りを伺うが、気配らしきものはない。
 軒下を掴んだ手に力を込めると、腕だけで体を持ち上げる。
 しかし逆さまに覗き込んだ縁側と室内に、人影は見当たらなかった。


(あの鬼の暴走で、彼女の姿は掻き消えた。もう此処には)


 いないのか、と。
 西洋姿の彼女の姿を思い出そうとした。

 刹那。


 ──ピシッ


「…ぅ…?」


 頭の中で、亀裂を生むような音を聴いた。

 ピシ、ピシと。
 罅が、溝が、広がっていくような。


「ぅ、ぐ…ッ」


 それは杏寿郎の脳内に鈍い痛みを生み出した。

 外傷的な痛みではない。
 抗えない体の内側から生まれる痛みに、体が大きく震える。
 軒下に掴まっていられず、ずるりと指先が板の上を滑った。


「しま──…!」


 支えを失った体が宙へと放り出される。
 本来なら頭上へと広がるはずの夜空に向かって、杏寿郎の体は降下した。

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