第25章 灰色万華鏡✔

　ならば何故、鏡と硝子で同じ現象が起きているのか。
　その答えはすぐに浮上した。


「…もしや」


　ただの硝子に戻っていたと思っていた、日輪刀で斬り捨てた世界は。まだ〝向こう側〟と繋がっているのか。


　カシャン、カシャン、カシャン、カシャン、カシャン、カシャン、


　先程から鳴り響いている不可思議な音は、手鏡の奥底に続いている。
　横から頸を伸ばして覗き込んだ杏寿郎の双眸に、長いトンネルの先のような暗がりが映し出される。

　そこに何か、きらきらと光を反射するようなものを見た。
　カシャン、と音が鳴る度に煌めく。


（なんだ？）


　はらはらと何かを散らすように。


（何が在る）


　食い入るように顔を近付け見つめる杏寿郎の目に、微かな煌めきがぱっと輝き消えた。
　まるで幼い頃に遊んだ線香花火が生み出す、小さくも心に焼き付くような。

　淡く、儚いひかり。

　じっと目を凝らす。
　煌めく小さな小さな光は、まるで花が咲くかのようだった。
　ぱっと放射線状に広がり、色とりどりに舞う。金に、赤に、緑に、青。

　これ以上開けないという限界まで、目を見開き見つめた。


（あれは…）


　よくよく見れば、光は光ではない。
　小さな星屑のようなものが反射して輝いている。
　きらりきらりと反射する星屑の中に、一瞬垣間見えるそれは──


　はにかみ笑う、君の顔。


「っ」


　ただの反射による幻想かもしれない。
　血鬼術が見せた偶像かもしれない。

　それが実際に其処に存在する彼女ではないことは、わかっていた。

　それでも手を伸ばしていた。
　触れられないとわかっていても伸ばさずにはいられなかった。

　笑っているのに、笑っていない。
　控えめに口元に弧を描く顔は、心を何処かに置いてきたようにも見えて。

　思い出したのは、障子の硝子に映った彼女の顔。
　暗くはっきりとはわからなかったが、そこには今のような微々たる笑みも浮かんではいなかった。


（俺は、まだ）


　彼女の本当の笑顔だって知らないのだ。