第25章 灰色万華鏡✔
(空耳か?…いや、)
一歩、踏み出す。
──カシャン
「!」
やはり聞こえた。
何かを零すような、切り替えるような。正体を掴み切れない、聞いたことのない音だ。
(なんの音だ?)
正体はわからない。
ただ、自分の足取りによって音は届く。
微かに耳に届くだけだったものが、方向によってははっきりとしたものに変わっていく。
音を辿るように、手鏡を持ったまま杏寿郎は室内を慎重に歩んだ。
一歩進み。時には後退し。斜めへ半歩。背を回す。
ただただ音を頼りに進んでいた足が──ぴたりと止まった。
「…もしや」
自然と足が向いていたのは、真っ二つに斬り捨てた障子だった。
やはり此処に何かあるのか。
「……」
「ぁ…兄上…一体…?」
「…音がする。聞いたことのない、だが覚えのある音だ」
「はァ? どういう意味だァそりゃあ」
「俺にもよくわからない…ただ、この障子の周りから──」
──カシャン
手鏡を、障子へと翳す。
カシャン、カシャン
転げる音が、数を増す。
くるくる、くるくる。
カシャン、カシャン、カシャン、カシャン
今まで何処から響いているのか、音の出所ははっきりしなかった。
しかし確実に関与しているであろう手鏡と、障子の間。そこに顔を覗かせて杏寿郎は目を剥いた。
「これは──」
手鏡が映し出しているのは、障子の硝子。
更にその奥には同じ障子の硝子。更にその奥に。更にその奥の奥に。
永遠と続いているかのような硝子の道が、トンネルのように連なり奥行きを映し出していた。
「合わせ鏡か…!」
鏡と鏡を向かい合わせに翳すことによって起こる現象だ。
反射するもの同士を映し出すことで、途方もない奥行きと広がりを鏡の世界に造り出す。
「合わせ鏡?…待ってください。それはおかしいです」
「む?」
「兄上が手にしているものは確かに鏡ですが、対しているのは鏡ではなく硝子です。それが合わせ鏡になることなんて…」
千寿郎の言う通りだった。
合わせ鏡とは、言葉の通りに鏡を合わせることで起こる。