第25章 灰色万華鏡✔
無数の腕が、突如と膨らみただの脂肪の塊と化す。
かと思えば、烈火の如く硝子の隙間という隙間を埋め尽くすように四方八方へと飛び出した。
最早腕の原型など留めていない。
痛みに激しく怒る鬼の細胞のようだ。
「ッ待て…!」
杏寿郎の目には激しい反応が見えていたが、相変わらず音も気配も伝わってこない。
硝子を埋め尽くす鬼の細胞に、女の姿が隠される。
嫌な予感がする。
斬り倒された障子へと手を伸ばす。
それでも割れた硝子はやはり硝子のまま。
杏寿郎の掌に冷たい感触だけを残して、目の前の光景は突如と終わりを告げた。
荒れ狂っていた鬼の細胞が、飛散(ひさん)と共に女を巻き込んだのか。
飛び散り硝子の中から姿を消した時、女の姿も共に掻き消えていた。
「ッ…!」
いくなと、待てと、呼び止めたくとも。
彼女の名前がわからない。
強く歯を食い縛ったまま、だん!と感情のままに杏寿郎の拳が硝子へと叩き付けられた。
(何故また…!)
刃は届いたはずだ。
だからあの魑魅魍魎は激しい反応を見せたのだ。
何故刃は届くのに、この手は届かない。
綺麗に断ち切られていた硝子に、びしりと罅が入った。
「いい加減、説明もなしに暴走すんじゃねェよ!」
荒々しい舌打ちが届く。
肩から胸倉へと掴み変えた手が、力任せに俯く杏寿郎の顔を引き上げさせた。
「この家にあるもん全部たたっ斬るつもりかァ!」
「っ…不死川」
「そうだテメェの前にいんのは俺だ。お前の弟だ。見えてるモンを無視してんじゃねェ!」
「…すまん」
「謝る前に納得できる答えを聞かせろ。それがなけりゃ一発殴らせろ」
近距離で睨み付ける実弥に、杏寿郎の双眸が向く。
ようやく重なった視線に、実弥は更にきつく眉をつり上げた。