第25章 灰色万華鏡✔
急に慌ただしくなるその場の空気は、無視のしようがない。
それでも杏寿郎は見開いた目で、微動だにせず硝子障子を見つめ続けていた。
声も聞こえていないような杏寿郎の反応の無さに、不安げな千寿郎を制して実弥が踏み出す。
「オイ煉獄! 何かわかったんなら説明しやがれ!」
強く肩を掴み、顔を覗き込む。
それでも炎の双眸は、食い入るように硝子を見ていた。
何故なら。
「…今、」
「あ?」
声は聞こえない。
目線だって合わない。
空気も、匂いも、何も伝わらない。
それでも確かにわかったことがある。
哀しげに女が漏らした言葉の中に。
微かに動いた唇の動きが。
「杏寿郎」と紡いだことだ。
「俺を、呼んだ」
ぶわりと全身の産毛が逆立つような感覚だった。
自分は身に覚えがない。
しかし彼女は、自分のことを知っている。
「此処にいる」
「いる? 何言って」
「答えが此処にある」
すらりと日輪刀を抜く。
そのただならぬ空気に、実弥も目を剥いた。
一心に杏寿郎が射貫くように見ている障子硝子を見てみるが、そこに"答え"は見つけ出せなかった。
何も見えない。
月の光に反射している、ただの硝子だ。
「落ち着けェ、煉獄。それはただの障子だ」
いつもは一つ返事で快活な声を上げていた。
その口は、真一文字に結ばれたままだ。
射貫くような、はたまた何処を見ているかもわからない視線は、常に存在を主張していた。
その双眸も、なんの変哲もない障子に釘付けとなったままだ。
「ただの障子かどうかは斬ってみればわかる」
息を拭き抜く。
それは実弥の制止より早く、刃を斜めに振り抜いた。
振るった刃の太刀筋は、硝子に映る女の体を避け魑魅魍魎の体だけを走り抜けた。
ぴしり、と小さな亀裂音が千寿郎の耳に届いた時、既に障子は真っ二つにされていた。
バランスを失った障子が倒れる。
傾き落ちていく中で、硝子に映った無数の黒い手が──膨張し、弾けた。