第25章 灰色万華鏡✔
驚く杏寿郎の目と重なってはいるが、実際に合ってはいない。
こちらからは見えているのに、相手にはこちらが見えていないのだ。
(硝子の中にいるのか? そんなこと物理的に不可能だ)
どういうことだと疑問には思ったが、そもそも血鬼術にはこの世の常識が通用しない。
もし目の前のこれがその類なら、仕組みを考えたところでどうにもならない。
すぐさま頭を切り替えようとした杏寿郎の目が、更に見開いた。
「…なんだ…あれは…」
見知らぬ女の見慣れない洋服を、握っている小さな手。
子供のようなその手は焦げ付いたように真っ黒に染まっていた。
女の腕に。肩に。胴に。足に。頭に。
びっしりと、群がるように無数の手がしがみ付いているのだ。
心霊の類ではないとわかっていても、ひやりと肝が冷えるような光景だった。
なのに女はその手を怖がる様子がない。
目線を下げて、頸を横に振っている。
その目の先に、蠢(うごめ)く黒い塊があった。
「っ…」
息を呑む。
それは鬼の形をしていた。
杏寿郎の知る、無惨の手により悪鬼へと変えられた鬼ではない。
小さな頭から生えている角。
ぎょろりと剥き出した黄ばんだ目。
不揃いの歯は剥き出しの犬歯の他には数本しかなく、骨と皮のような体で常に背を丸めている。
大きさは、二、三歳程度の子供程しかなかった。
だがそれらが子供ではないことは明白だった。
言うなれば、地獄に住まう小鬼のような。魑魅魍魎(ちみもうりょう)とした鬼達が、骨のような手で女の体に縋り纏わり付いていたのだ。
声は聞こえないが、各々に手を引き何かを訴えている。
まるで行くなと言うかのように。
(あれが悪しき者の存在か?)
ならばあれを斬れば、この不可解な現象から脱せられるのだろうか。
腰に差している日輪刀の柄を掴む。
女は小鬼達を嫌がってはいないが、哀しい目で見下ろしている。
縋り付く鬼達に応えるように、開いた唇が象ったのは──
「煉獄! どうしたってんだァ…!」
荒々しく踏み込んでくる実弥に、空気が一変した。
「兄上! 何か見つけたんですか…ッ?」
続けて転がるように、千寿郎が部屋に駆け込んでくる。