第7章 柱《参》✔
「さ! いつでもいいわよ、蛍ちゃん」
「…うん」
移動した先は恋柱邸の玄関口。
先に外に出ている蜜璃ちゃんに手を振られて、頷いて返す。
貰った市女笠を頭に被って、すっぽりと覆う垂衣で体を隠した。
この戸を跨げば、先に広がっているのは太陽に晒された世界。
影を地面に落とす明るい世界を目前に、ごくりと息を呑んだ。
呼ばれたからには行かないと。
でも言葉にすると簡単でも、行動に起こすと中々足は踏み出せない。
言い様のない、見えない恐怖を前にしている感じだ。
もし一歩でも踏み出した途端に体が焼かれたら。
太陽の下に晒された鬼の末路なんて見たことがないのに、何故か漠然と想像ができた。
足が竦む。
…怖い。
「頑張って蛍ちゃんっ隠さん達を信じて…!」
蜜璃ちゃんの応援はありがたいけど、そんな見ず知らずの人間を信じる方が私には無理な話だった。
おはぎを包んだ風呂敷を片手に、一歩も動けない。
こくりと口内に堪った生唾を呑み込めば、見下ろしていた先の地面に草履が映った。
「彩千代」
辿るように視線を上げれば、義勇さんと目が合う。
名前を呼ばれただけだ。
それ以上は何も伝えず、ただ手を差し出される。
言葉はないけれど、彼が言わんとしていることは伝わった。
怖い。
けど、もしこの一歩を踏み出せたら。
蜜璃ちゃんが話してくれた義勇さんのように、これが何かの些細な"きっかけ"になるかもしれない。
「…っ」
生唾を呑み込んだ唇を、くっと結ぶ。
手袋の下で手汗を感じながらも、風呂敷の結び目を強く握り締める。
ゆっくりと踏み出すのは逆に怖い。
じっと差し出された義勇さんの手だけを見つめたまま、思い切って一歩戸の外へと踏み出した。
ザッ
戸の敷居を跨ぐ。
踏み出した草履が、固い地面に触れる。
もし体に異変を感じたら、すぐに引き返せるように。
だけど、義勇さんに伸ばした手は届くように。
覚悟が足りずに踏み込みきれなかった足場に、思わず体がふらつく。
だけど伸ばした手を義勇さんが掴んでくれたから、体制は崩さずに済んだ。
ぐっと強く引かれて体を支えられる。
一、二歩とそのまま先へと踏み込んだ。