第25章 灰色万華鏡✔
顔はこちらへと向けて、背中を軽く丸めて眠る。
テンジのその姿は、大きな体で子供のようにも見えた彼を思い出させた。
「象牙ーのふーねーに…銀の、かーい」
同じように歌声を耳に、静かに眠りについていた。
常に広い視野で周りに気を配っていた彼の、無防備であどけない姿。
「月夜ーのうーみーに、浮かべーれーばー…」
この世界にはいなくとも、必ず何処かで生きているはずだ。
急に消えてしまった自分を捜してくれているのだろうか。
それとも神隠しとして消えてしまった八重美のように、存在を忘れてしまっているのだろうか。
「忘れーた唄を、思いーだーす…」
彼の心にまだ、自分の存在はあるのだろうか。
「……」
途切れるようにして歌い終える。
俯く蛍のしな垂れる髪の先が、ふわりと。
微かに、揺れた。
「──っ」
顔が上がる。
は、と見開いた蛍の目が、ゆっくりと何かを辿るように振り返った。
匂いがした。
甘いような、爽やかなような、なんとも言えない。あたたかみのある、匂い。
上手くは言えない。
けれども懐かしさと安心感を覚えるそれは、いつまでも嗅いでいたい匂いだった。
だから毎朝それを求めた。
「……き…」
振り返っても誰もいない。
ぽっかりと人の気配だけを奪った世界。
それでも確かに感じたのだ。
「…杏寿郎…?」
陽だまりのような、彼の匂いを。