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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第25章 灰色万華鏡✔



「槇寿郎さん……不死、川…」


 この際、誰もいい。
 自分を知っている人に会いたい。
 今の、鬼として生きる自分を。

 力なく呼んだ声が萎み消える。
 俯く蛍の耳には、誰の声も聴こえない。





「──…ぁぁ…」





 静寂だけだと思っていた世界に、微かな声が届いた。
 言葉のようには聞こえないが、確かに声だ。

 誘われるように顔を上げる。
 導かれるように台所を出て、客間を通り、縁側に立ったところで蛍は声の主に気付いた。


「ひぐっ…ふえ…っわぁああん…!」


 えぐえぐと嗚咽を漏らしながら泣いていたのは、幼い少年だった。
 目元を拭い、服を握り締め、ぼろぼろと涙を零している。


「…テンジ」


 逸るあまりに、この地に連れてきてくれた少年のことを忘れていた。
 とぼとぼと途方もなく歩き続けているようで、少年には居場所がわかっていたのか。煉獄家の門の前で、涙で滲む大きな瞳が蛍を見つけた。


「っほたる…!」

「ごめんね。置いてきてしまって」

「ッ…うえぇえん!!」

「ああ、うん。うん。そうだよね。私が悪いよね。ほら、おいでっ」


 更に泣き声を上げるテンジを、蛍が慌てて縁側から呼ぶ。
 煉獄家を出なかったのは、純粋に此処から離れたくなかったからだ。

 両腕を広げる蛍の下へと、泣きじゃくるテンジがとぼとぼと歩み寄る。
 震える少年の体が触れる前に、蛍の腕が抱き寄せた。


「ごめんね。一人ぼっちにさせて」

「うええ…っ」

「此処まで連れてきてくれたのに、お礼も言わないで。ごめん、テンジ」

「うえぇえん…ッ」

「ありがとう」

「わぁあんッ」

「よしよし」

「うえっえッ」

(どうしよう。全然泣き止まないぞ)


 抱きしめて、背を擦って、声をかけ続けても、全く泣き止む気配がない。
 強く蛍の服を握りしめたまま泣き続けるテンジに、蛍は困ったように眉を八の字に下げた。


「…ぅ…唄を、わーすれた…かーなりやはー」


 どうしたものかと迷う口が、零したものは音色だった。

 寝入る前だけではない。
 姉の口遊む子守歌を聴いて安心できていたのは、心が不安な時も同じだったからだ。

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