第25章 灰色万華鏡✔
声を上げる暇もなかった。
本当に言葉のままに、世界が回ったのだ。
地面が揺れた記憶も気配もない。
ただ目の前の視界が、世界を回した。
「わ…ッわあぁあ!?」
踏みしめていた藍色の世界が、頭上に。
見上げていた逆さ吊りの建物が、眼下に。
ぐるりと砂時計のように回転していく世界は圧巻で、遅れて悲鳴とも動揺とも取れない声が上がる。
回る、廻る、まわる世界。
「お、落ち…る!」
「ほたる!」
思わず藻掻こうとすれば、ぎゅっと強く手を握られた。
見上げた先には、同じ回る世界にいるというのに驚きも恐怖も抱いていない少年の姿。
「こっち!」
寧ろ楽しげに笑っているではないか。
導くように、少年の体がふわりふわりと落ちていく。
強く握られた小さな手が、頼もしく感じた。
呼吸を整える。
血流の乱れを制すれば、驚きはしているものの冷静さを取り戻すことができた。
何より、握った手を少年が片時も離さないでいてくれたお陰だ。
ぐるりと世界は反転したものの、真っ逆さまに墜落する訳ではなかった。
創造主であるテンジが手を握っていてくれたからか。
萎んだ風船のようにゆっくりと下がる足が、やがて触れたのは見上げ続けていた土の上だ。
「つ、着いた…」
ほーっと安心と感心の溜息が漏れる。
落下していた時はふわふわと待っていた髪や服も、土に足が触れれば重力が戻ったようにあるべき位置へと落ち着いた。
「ついた!」
蛍を真似ているのか否か。
両手を上げて嬉しそうに告げたテンジが、きょろきょろと辺りを見渡し始めた。
「ほたる、おうち! つくる!」
「おうち…作る?」
「ん! ほたる。かえる、する。おうち!」
蛍の為に家を作る。
その為にテンジは世界を引っ繰り返したのか。
突拍子もない少年の発想に蛍が言葉を失くしたのは、何も驚きだけではなかった。
(そうだ…此処、なら)
ふらりと、一歩踏み出す。
(全部、見覚えがある)
並ぶ家並みも、隣に小川の流れる小道も。
捕えられたままでいたが、目覚めた場所から長距離の移動はしていない。