第25章 灰色万華鏡✔
「…ほたる…」
「そんな大きな声上げてたら隠れた意味ないよ。それも私が鬼って。そんな正論、やめてこっ恥ずかしい」
ぽかんと見上げるテンジの肩に、ぽんと蛍の手が軽く触れる。
「はい。捕まえた。これで私の勝」
「ほたる!」
「ち…って待て待て。逆だから。鬼に飛び付いてどうするの」
「ほたる、かちっ」
「うん、まぁ。だから私の名前は取っちゃ駄目だよ?」
「ん!」
「ならよし」
蛍の腹部に顔を埋めたまま、抱きしめた腕を離そうとしない。
そんなテンジを無理矢理引き剥がす気にはなれず、蛍は苦笑混じりに小さな頭を撫でた。
「…ぁ」
ふわりと、頭皮に感じる温かみ。
柔からな肌が髪の上から、あやすように優しく撫でてくる。
頭を撫でられている、と理解するのに時間がかかってしまったのは、初めて感じたものだったからだ。
頭を揺らさないようにとそっとテンジが見上げれば、柔らかな眼差しと視線が重なった。
「ん?」
緩く頸を傾げて問いかけてくる。
なんて優しい響きなのだろうか。
見下ろされているというのに威圧も、恐怖も感じない。
触れることも、喋ることも。
存在そのものを許してくれているかのような眼差しに、テンジは声を発せなかった。
幼い瞳を丸く大きく見開いて、初めて見た光景に釘付けとなる。
「…ほたる」
「うん」
「ほたる」
「何?」
「ほたる」
「聞こえてるよ」
何度名を呼んでも、必ず返してくれる。
自分の声は届いているのだ。
聞こえていないことはない。
それがただ嬉しくて。
「ほたるっ」
「はいはい」
何度も何度も、呼べることが心底嬉しいと主張するかのように呼び続けた。
最後は呆れたような返事だったが、本当に蛍が呆れていないことはわかっていた。
触れる手が、見下ろす眼差しが、知っているどの大人とも違っていたから。
「ほたる──…」
「? なぁに?」
だから気付いた。
「ほたる…?」
蛍の体から、嗅ぎ慣れない匂いがしたことに。