第25章 灰色万華鏡✔
(私は──〝柚霧〟)
月房屋にいた時も、何度も言い聞かせていた。
柚霧という仮面を被っていれば、大概のことは乗り切ることができる。
心に蓋をして、感情を殺して、目を背ければ。嫌なことは全て柚霧が受け流してくれた。
(彩千代蛍じゃない)
今回もそうだ。
生憎、与助も蛍とは呼ばない。
それを利用して、柚霧に成りきってしまえばいい。
そうすれば、なんでもない日常の一部のようにやり過ごすことができる。
(…私は…柚霧…)
なのに。
「柚霧が機転を利かせてくれたしなぁ。折角だ、二人きりになれる所に行こうぜ」
やんわりと肩を掴む手に、肌が強張る。
何度も心の内で復唱しようとも、心に蓋はできなかった。
嫌悪も、軽蔑も、憎悪も感じる。
感情は消えてくれない。
消えない代わりに、脳裏に浮かんだのは優しい笑顔だった。
月のようだと告げた、優しい光を纏った、あの。
(…なんで)
自問自答する前に、答えは出てしまっていた。
あの日の夜、柚霧を含めて丸ごと愛してもらったから。
消えて欲しくないと、求められたから。
月の光のような彼に。
中身のない代替人形として扱っていた柚霧に、心を持たせてくれたのは杏寿郎だ。
生きていたいと思った。
彼の傍で。
花街だけで生きていた足跡は、決して無駄なものではなかったのだと言ってくれたから。
「…っ」
唇を噛み締める。
音無き声を落とすように、蛍は背を丸めて俯いた。
誰にも声は、届かない。