第25章 灰色万華鏡✔
「──へえ。馬子にも衣裳だなぁ」
数十分後。
慣れない服装により、着替えに時間を要してしまった。
それでもどうにか着付けを終えて振り返れば、顎に手をかけて、にやついている与助と目が合う。
「…頸が苦しいんだけど」
「そういうもんだ、慣れろ」
きつく頸のすぐ下まできっちりとボタンを留めた服は、着物に比べて呼吸がし辛い。
そう眉を顰めて告げても、与助の表情は変わらなかった。
光を返すのような白のブラウスは、ボタンを留める中心の生地から左右に広がるフリルが付いている。
ハイウエストのスカートは腹部をきゅっと引き締め、腰の位置からはふわりと柔らかな曲線で広がっていた。
幅が広めのプリーツ状のそれは、表面は深い藍色。
スリットのように覗く中側は黒地に真っ赤な椿の花柄が舞っている。
蛍のモダンな洋服姿は珍しいのか、頭から爪先まで興味深く眺められた。
「なんで洋服なんか…(足元がスースーする…)」
膝の頭までしかないスカート丈の長さに、慣れない蛍は始終足元を見つめていた。
和洋折衷の衣服を瑠火から借りて着たことはあったが、全てが洋服の造りをしている衣服は初めてだ。
「なぁに。あの嬢ちゃんの恰好を見てたら、ふとお前の洋服姿を見たくなっただけだ。柚霧にゃあ青色の方が似合うと思ってたんだよ。お前に赤は似合わねぇ」
身売りをやっていた頃は色んな衣装を与えられたが、よく身に付けていたのは金魚のような朱色の着物だった。
「そっちの方が肌が綺麗に見える。お前は紅を差してるだけで十分目を惹くんだ」
「…どっちだって大差ない」
それが杏寿郎の言葉であったなら、頬の一つも染めただろう。
だが告げる相手が変わるだけで、こうも心は冷えるものなのか。
(結局、着せ替え人形には変わらないんだから)
己の観賞用に飾り立てたいだけだ。
そこに蛍の心を気遣うものは一つもない。
「女の花の時期は短い。お前はそれを永遠のものにしたんだ。もっと喜べよ」
(…喜べる訳がない)
杏寿郎と同じ道を、同じ速さで歩むことができない。
それがどんなに辛いことなのか、知りもしない癖に。
俯いて佇むだけの蛍に、不意に影が差した。