第25章 灰色万華鏡✔
「…ほたる。ちち、わるい。ない」
「ちち?」
「こわい。でも。わるい。ない、よ」
「…もしかして、与助のことをお父さんだって言ってるの…?」
「ちち。てんじ。なまえ、くれた。はなし。くれた」
「確かに、名前をくれたかもしれないけど。でも与助は決して良い人なんかじゃ──」
「おいおいおい。余計なこと吹き込むんじゃァねぇよ」
ぴくりと蛍の唇が動いて止まる。
ゆっくりと振り返れば、我が物顔で藍色の世界を歩いて来る男の姿があった。
いつもそうだ。
相手はただの人間だというのに、目の前に現れるまで気付かない。
それもテンジの能力の一つなのだろうか。
「折角オレにもこんなめんこい息子ができたってのによ」
「…化け物呼ばわりした癖に」
睨み付ける蛍に「おお怖い」と笑いながら与助は肩を竦めた。
「だからもう化け物とは呼んでねぇだろ? 柚霧」
「……」
「それより、これやるよ」
「…何それ」
「女は何かと入り用だろ? そんな袴より上質な服を用意してやった」
「要らない。これは私の一張羅だから」
「ンなつれないこと言うなよ。それともお前が着ないってんなら、あの女に代役してもらってもいいんだがなぁ」
ちらりと与助の目が、俯く八重美を映し出す。
事実蛍が上手く動けないのは、テンジの能力だけではなかった。
八重美を人質に取られているからだ。
「っ…わかった。着ればいいんでしょ。着替える場所は」
「見ろよ、この世界を。何処にそんなもんあるってんだ?」
引っ手繰るようにして与助から包みを受け取ると、蛍は下唇を噛み締めた。
確かに周りに建物らしきものはない。
漂う雲の後ろにでも隠れれば目隠しとなるが、それを目の前の与助が許すとは思えなかった。