第25章 灰色万華鏡✔
つい先程まで感じていた髪の色も、肌触りも、もう確かめることはできない。
もう二度と、この瞳に映すことはできないのだ。
そう悟った時、言いようのない強い喪失感が杏寿郎を襲った。
頬を濡らした雫は、感情に揺さぶられた身体が起こした現象だった。
「…なんなのだろう…」
声は普段と変わらない。
ただ一つ、簪を見つめる顔は、己の感情を掴み切れない複雑な表情をしていた。
じっとその横顔から見つめる実弥もまた、己の感情を掴み切れないでいた。
動揺も、涙も、切なげな視線も。
全ては知らなかった杏寿郎の顔だ。
なのに何故か知っているような気がした。
知らないはずの同胞の一面を。
何処かで、見たような。
「…一先ず、今手元にあるものの情報収集からだなァ」
横顔から握られた簪へと目線を移す。
切り替えるように息を吐くと、実弥もまた縁側から庭へと下り立った。
「俺は鬼の髪に見覚えがねェ。が、こいつはよく知ってる」
杏寿郎の掌から摘まみ上げたのは、玉簪──の方ではなく。その隣に飾られるように結び付いていた、小さな宝石だ。
「派手が売りの音柱。あいつが付けてる額当ての飾りにそっくりじゃねェか? 偶然にしちゃ出来過ぎなくらいなァ」
「確かに…言われてみれば、そうだな」
他には類を見ない装飾を好む、自称派手な男、宇髄天元。
彼以外に、この煌びやかな宝石を身に付けている者を見た記憶は、二人の中にはない。
「もしこれが本当に宇髄のモンだとしたら、この鬼は鬼殺隊と何かしら関りがあるってことだ。そんな鬼を、柱である俺達が知らないはずがあるかァ?」
「…ないな。竈門妹のように、お館様が意図的に情報を止めているならば俺達が知らないことも頷ける。しかしその場合、宇髄だけが知っているという状況は不可解だ」
「だよなァ」
天元だけが知らされる理由があったのかもしれない。
炭治郎と禰豆子を助け契を交わした、義勇のように。
だとしても、それならば何故その鬼の簪を元柱である槇寿郎が所有していたのか。
説明がつかないことが多過ぎるが故に、辻褄も合わないのだ。