第25章 灰色万華鏡✔
力を失くした槇寿郎の声は、それでも確かに杏寿郎の耳へと届いた。
諦めに似たような、しかし不思議と冷たくはない声だ。
「っありがとうございます!」
弾む杏寿郎の喜び様には、思わず眉を顰めてしまう。
それでもそれ以上は何も言わず、槇寿郎は背を背けた。
何も言わないが、何をする気もない。
感情の片鱗は見せても、今手にしている簪の重みまでは気付いていない。
杏寿郎がそのまま鬼の正体を突き止められなければ、それまでだ。
(それでも辿り着けると思うなら、やってみせろ)
自室でありながら出ていこうとする槇寿郎に、気付いた杏寿郎が呼び止める。
「父上」
「好きにしろ。だが俺は手を貸さない」
何も言わせず出ていく槇寿郎を、杏寿郎はそれ以上引き止めなかった。
「いいのかァ。結局何も訊けず終いじゃねェか」
「…いい。これ以上問いかけても、父上は何も話してくれまい」
主を失くした部屋の隅で問いかける実弥に、杏寿郎は開け放たれた襖を見つめたまま。
先程の困惑が嘘のように、思考は冷静に回っていた。
「それでも手掛かりは得た。話してはくれなかったが、否定もしなかった。"これ"は確かに存在したんだ」
今一度、掌の中に収まる簪を見つめる。
焦げ付いた玉簪を親指で拭えば、簡単に焦げは剥がれ落ちた。
残されたのは、炎に焼かれたとは思えない、使い込まれてはいるが綺麗な簪だ。
鬼の立ち上げた炎だからか。
ひらひらと舞い続ける和紙の燃えかすも、本来なら塵となっても可笑しくないところ、形は残し続けている。
一瞬掌で感じた熱さも、結局のところ皮膚を焦げ付けさえもしなかった。
(燃やし尽くすのは鬼の細胞だけ…か)
わかっていたはずだ。
鬼の持つ体質や特徴は、誰よりも心得ている。
だから彼らは太陽の下では生きられない。
「何故かはわからないが…髪が燃え尽きる様を眼下にした時、胸に穴が空くような気がしたんだ」
わかっていたはずだった。
なのにその現実は、鋭い刃物のように杏寿郎の心に突き刺さった。
「とても大切な何かを、失ったように感じた」