第25章 灰色万華鏡✔
みるみる小さく消滅していく髪。
和紙は焼けても、くしゃりと崩した灰色の燃えかすを残している。
しかし髪はどうだ。
ちりちりと端から跡形もなく燃え尽きていく。
「っ待ってくれ…!」
強く握りしめて火種を殺そうとしても無駄だった。
杏寿郎の掌の中で、無情に宙へと消えていく。
まるで光の世界では、存在すら許さないと言うかのように。
「ッ…!」
頸の後ろを冷たい汗が伝う。
身体が底冷えして震えた。
己の感情に整理がつかなくとも、それだけははっきりとわかった。
恐怖だ。
掌の中にあるものを失うことが、とてつもなく怖いと思った。
「…駄目だ…」
声が震える。
「消えるな…っ」
行くな。
逝くな。
(俺は…っまだ、)
君を、この世界から救い出せていない
(──…君?)
一瞬、誰かの振り返る顔が見えた気がした。
表情はわからない。
それでも確かに、脳裏に過ったのは見知らぬ人影だ。
「…ぁ」
は、と目を瞬く。
気付いた時には、掌に和紙の燃えかすだけが広がっていた。
灰色のくしゃくしゃの残骸の中に、転がっているのは簪一つ。
珊瑚色の玉簪に、煌めく宝石のような飾りが付いたものだ。
それ以外は全て無へと帰してしまった。
「……」
焦げ付いた掌の中の残骸を見つめ俯く。
微動だにしない杏寿郎の双眸は、途方に暮れるように同じに焦げ付いた簪だけを見下ろしていた。
「……煉獄、」
静寂にも似た沈黙。
それを破ったのは、静かに呼びかける実弥の声だった。
それでも杏寿郎に反応はない。
俯き垂れた焔色の髪が、横顔を覆い隠す。
ただ唯一見えたのは、微かに開いた口元。
いつもはぐんと上を向いている口角が、力なく下がり。頸へと続く顎のラインを、透明な雫が一滴滑り落ちた。
──ぽた、
乾いた庭の砂地に、一滴の雨が降る。
それが彼の瞳から漏れたものだと気付くのに、実弥は一瞬、時間を要した。
理解できなかったからだ。
炎の同胞の涙など、一度も見たことがなかったから。