第25章 灰色万華鏡✔
(違う。考えろ。父上も血鬼術にかかって惑わされているのか?)
だとすれば意味のわからない言動にも理由がつく。
(しかし父上のことだ、そう簡単に鬼の術に操られなどしないはず)
父への尽きない尊敬も入ってはいたが、それだけではない。
元柱としての槇寿郎の実力は確かなものだった。
だからこそ自身が柱となり任務で長期に家を空けることがあっても、安心していられたのだ。
千寿郎の傍には、誰より頼もしい剣士がついていると。
(もし父上に問題がなければ…あるのは…俺の方…?)
そんなこと露にも思っていなかった。
村全体が歪な空気に包まれているが為に、その余韻が自分にもきていただけだと思っていた。
だが、もし。
不可解だと思っている槇寿郎の言動が、正しいものだとしたら。
そこに疑問を持つ己こそが、可笑しくなっているのだとしたら。
「……」
足場がぐらりと揺らいだように感じた。
定まらない視界が、槇寿郎の手元をゆらゆらと映し出す。
「…父上…それを…見せて、下さい…」
絞り出すような声で、手を伸ばした。
和紙に包まれた、きめ細やかな髪房。
それをまとめている簪が、儚くも僅かに煌めいている。
「っ触るな!」
触れることすら許さないと、槇寿郎の手が髪房を上に振り上げる。
その拍子に、掌の中から滑るように飛び出してしまった。
「──!」
ぱさりと簪ごと呆気なく落下したのは、縁側の下。
開放されていた襖の向こう──中庭へと落ちてしまったのだ。
未だ太陽の昇る時間帯。
陽光に照らされた髪は、たちまちに和紙諸共ボゥッと炎を立ち上げた。
「ッ!」
誰よりも速く反応したのは杏寿郎だった。
足袋のまま庭へ飛び出すと、掌で炎を叩くように払う。
「待て! 消えるな…ッ!」
皮膚に炎の熱さが伝っても、決して止めようとはしなかった。
しかしどんなに払っても、一度太陽に晒された鬼の髪は、たちまちに塵となり空気中へと燃え尽きるように消えていく。
(駄目だ…ッ消えるな…消えるな!)
酷い焦燥感だった。
どくどくと体中の血管が騒ぎ立てる。
失くしてはいけない。
消しては駄目だ。
見失うな。
取り零すな。
これだけは。