第25章 灰色万華鏡✔
「父上、お話があり」
『俺にはない。話しかけるな』
「…む」
「皆まで聞かずかよ…」
二人して訪れた、槇寿郎の部屋。
しかし杏寿郎の気配を事前に察していたのか、襖越しの声は容赦なく切り捨ててきた。
「……」
無言のまま、杏寿郎はじっと襖を意味深に見つめる。
千寿郎が煉獄家を抜け出したあの日から、槇寿郎の圧は幾分萎んだように思う。
いつもはすぐに荒立てていた声も、簡単に罵声を飛ばさなくなった。
千寿郎が一人で家を飛び出す程の事態に陥らせてしまった責任なのかと感じていたが、どうにもそれだけのようには思えない。
いつものように部屋にこもってはいるが、浴びるように酒を飲むことが減った。
嬉しい反面、心配も募る。
父にも、もしや血鬼術の影響が出ているのだろうか。
「行こうぜェ、煉獄。協力なんざ到底無理だ」
「……」
「煉獄?」
「父上! 失礼します!!」
「は!? おまッ」
急に声を上げたかと思えば、返事を待つこともなく杏寿郎は目の前の襖を開け放った。
すらりと開いた扉の向こうには、確かに父の姿がある。
驚いたようにこちらを見て、立ち尽くしていた。
「何を…ッ勝手に入ってくるな!」
「ここ数日、まともにお見かけしていませんでしたので! もしや体調を崩してはいないかと!」
「余計な心配など要らん! いいから出ていけ!」
「元気であられるなら良いのです! ただ──……それは?」
「っ!」
荒々しく片手を振るう槇寿郎は、棘はあるも健在な姿だ。
ほっと胸を撫で下ろしながら、笑顔を見せる杏寿郎はふと見慣れないものを目にした。
槇寿郎の手に握られていたもの。
それは一束の髪房だった。
「髪の毛…?」
「お前には関係ないッ」
「もしや……母上の、ものですか…?」
「違う!」
「では誰の」
暗い髪色は、煉獄男子のものではない。
ましてや実弥のものとも違う。
一体誰の髪房を手にしているのか。
その場から一歩も退く様子のない杏寿郎に、槇寿郎は顔を背けると溜息をついた。